シスターin America から速報です

アメリカ公演中のシスターから連絡がありました。

アメリカで出来た教会の友人たちが、シャクティのホームページを作ってくれました。
立派です。英語ですが、とても詳しい情報が手に入ります。
インド系の人たちだけでなく、ミッション系の友人が出来て、シスターの活動に声援を送り始めています。人種差別や貧富の格差、様々な問題を抱えている国だからこそ、シャクティの踊りとシスターのメッセージに不思議な光明が見えるのだと思います。
「輪になって踊りましょう」シスターが繰り返し言う人間社会の原点が記憶の底から蘇ってくるのだと思います。

http://charityforindia.org/

昨日の新聞に取り上げられ、新聞社のホームページから映像も見ることが出来ます。

http://www.postandcourier.com/


電話の向こうでシスターが笑っています。


トルコから教わること(すべての文化・文明がいずれ選択肢になる)

(私)

新幹線は超自然な速さです。大阪まで二時間半だって。そちらの時間の進み具合はどうですか?

(トルコに住んでいる友人)

こちらでは、列車は発達しないですね。どんな遠くへもバスで行きます。丸一日かけてバスを乗り継いで帰郷します。一説では、マフィアがバスに関する権利を持っていて、電車の普及を邪魔しているから発達しないらしいのですが、それ以前にトルコ人が、電車を必要としていないということなのでしょう。

バスではまず、コロンヤ(知ってますか?すっきりする香水みたいなもの)が配られ(バスの係の人が1人ひとりの手にかけに来ます)、1時間毎くらいにトイレ休憩、ごはんの時間にはごはん休憩があります。途中チャイやお菓子も振る舞われます。バスに乗っている人は貧しい人もいるので、バスの中での持ち込み飲食は禁止(トルコではこういう考え方があります。目の前に食べられない人が居るのに、自分だけ食べるのはとても悪いこと)男女が隣同士に座らないように、バスの停留所で人が新たに乗り込んで来ると、しょちゅう席替えをします。ただ、ひたすらバスに揺られて、故郷や、リゾート地や、仕事を求めて新しい場所へ。

チグリス・ユーフラテス川を通ったことがありますが、周りはただ茶色の大地で、時々数件の民家、商店が見られるようなところに、細い川がひっそりとありました。バスは川を気に留めることもなく、ただ走っていきました。

松居先生のメールで、アナトリアを旅したことを思い出しました。


(私)

返信ありがとう。

いつも面白い報告ありがとう。インド以上にトルコは人間の作った非民主的なルールが、意外と理にかなっていて、民主的な考え方の方が、実はただのパワーゲーム、利権争いだということを浮き彫りにするような気がします。

やはり回教の方がヒンズーより新しい論理性があるよね。

いま帰りの新幹線の中です。今日は日帰りで西宮まで行きました。

私の話を聴きたいと思ってくれる保育士や親が増えてきて嬉しいです。一つ一つ演奏会のつもりで話してきます。

(トルコに住んでいる友人)

 そろそろ、近年で最悪の(?)難関、真夏のラマザン(断食)に入ります。ラマザンは毎年一ヶ月ずつ日程がずれるので、いつかは真夏に当たってしまうのです。真夏は、気候条件だけでなく、時間の長さも最長。断食は、夜明けのお祈り(真夏は朝5時前!)から日が落ちるお祈り(夜8時頃。。。)の間行い、唾も飲み込めません。そして皆、長い一日の断食に備えて朝3時に起きて(太鼓をたたいて街中を歩き、皆をこの時間に起こす係がいる。迷惑。。。笑)食事をするため、寝不足。それでも、「この状況でイライラしたり仕事が手につかない人は、断食をする資格が無い」と考えられるため、いい人間性を保たなければなりません。去年の断食月もかなり暑く大変そうでしたが、皆変わらず親切でした。

断食の目的は、「食べることが出来ない人の状況を理解するため」ということで、それはトルコの基本的な考え方の一つです。でも、それ以上に、断食という苦しさを共有してものすごい一体感を得ているのだと思います。そして断食明けに訪れる砂糖祭では貧しい人に施しを行いまくりますが、断食を行うことにより、この施しが大変気前良く行われるのです。自分がつらさから解放され、増々神に感謝できるというか。本当に、この断食が、社会をいい方向に運営するシステムの基軸を担っていると思います。

このシステムは、本来人間は不平等な立場にあるということを認めないと成立しません。富める者と貧しい者は平等ではないというのは、民主主義国家では大失言にあたるような文言ですね。でも、人間平等じゃないし、自由なんかないって、トルコの人たちは知っています。知っているから、神のもとに集まり、富める者が貧しい者を助けるというシンプルな構造で生きているんです。

(私)

よくわかる。凄いよね。人間の生きてゆく知恵は、心を一つにするための道を探ることだったんですね。

トルコのように、日本もまた人類の大切な選択肢にならなければいけないね。

心を一つにする手法が、敵を作ることにならないように、いまこそ良い方向への試行錯誤錯誤が必要だね。シャクティとシスター、いまアメリカにいます。魂を揺さぶる演奏しているみたいです。


「目の前に食べられない人が居るのに、自分だけ食べるのはとても悪いこと。」だからバスに食べ物を持ち込めない。

 発想の原点が他人の気持ちを想像する、ことにあるのです。そして、想像する方向性が守られている。祈る方角が決まっているように。一応民主主義のトルコという国で、人々の意思によって守られている。こういう人たちの意思の力を見誤ると大変なことになる。先進国社会が抱えている問題点を理解し、学ぶべき相手を間違わないことです。

園と家庭の信頼関係



(一日保育士体験の実施を始めた保育園からお手紙をいただきました。保育士たちを、もうこれしかない、という予測でこんな立場に追い込んでいる私も辛いのですが、これから子どもたちが過ごす大切な時間の質のために、お願いし続けるしかないのです。子どもを思う保育士たちが理解してくれる、それが救いです。ぜひ、親たちに知って欲しいのです。この挑戦を受け入れてくれる保育士たちの心は「利他の心」だということを。

 行政や政治家が子どもを優先して考えようとしない現状の中で、いつでも親に見せられる保育をし続けるということは簡単ではないということを。)

(中略)

 保護者様には、4月の保護者会、また詳細は書面にてお知らせしましたが、特に質問を受ける事は無く、対象の保護者様全員がすぐに予定を入れて下さいました。ただ、始めて2回実施しただけなのでまだ何とも言えませんが、アンケートには・・・

 「3年のうち1回で十分(今回の一回で十分)」

 「働いている保護者が毎年参加するのは疑問!」

 と言った声が聞かれます。当園も来年度からは全学年にて実施したいと考えておりますが、こういった声が多いと正直こたえます。

 子どもは日々成長しますし、保育士(園)と保護者が理解し合い、同じ方向を向いて子育てできるようになるには、とうてい2、3年に1回でできることではないですし、年に1回でも少ないくらいだと感じています。要は、こちらの想いがまだ保護者の方に伝わっていないのだと感じました。

(後略)

 

(私の返信)

「3年のうち1回で十分(今回の一回で十分)」

「働いている保護者が毎年参加するのは疑問!」

 意図が善意であるだけに、こうした反応を乗り越えてゆくには、遠くを眺めての根性が要ります。すみません。でも、乗り越えてゆくしかないのです。乗り越える、と決めてしまって下さい。

 「中学校で連立方程式を学ぶのは疑問」とは誰も言わない。いつか、保育と一日保育者体験はセット、という風にならなければ本当の普及にはなりません。ご苦労をおかけします。

 保育界全体を視野に、保育の質を保つため、未来の無数の親子関係のために、よろしくお願いします

 自信をもって、「子どもたちが喜びます」と繰り返すこと、そして、夫婦が両方とも参加することを目指すのも、意図を伝えるための鍵でしょう。

 この園では全員参加、毎年参加を目指します、とはっきり宣言したほうがいい、とおっしゃる園長もいます。法律となり告示化された保育所保育指針に保育参加が書かれ、こういうことをするのが保育園の義務の一つになったのだ、と伝えることも場合によっては必要かもしれません。

 本当に子どもたちの将来を考えれば、祖父母まで範囲を広げたいくらいですよね。

 いつか、保育者たちが親子の幸せを願ってやっているのだ、という意図が通じる日が来るはずです。

  園と家庭の信頼関係を作ることを目標に、努力や試行錯誤をすることによって、職員の心が一つになってゆくことも、実はとても大切なことなのかもしれません。そうすることによって自分たちの直面している子育ての現実と生き方を把握、確認することにもなります。

 「要は、こちらの想いがまだ保護者の方に伝わっていないのだと感じました」とお書きになっていらしたので、心配はしていません。その通りです。そしてそれこそが保育界にとって一番重要な課題なのです。子育てを共にしながら、保育士と親たちの心が一つになっていない。これは、良い課題を与えられたぞ、という解釈をそこに加えていただければ、揺るがない生き甲斐になるかもしれません。

 よろしくお願いいたします。

松居


 2008年新待機児童ゼロ作戦に「希望するすべての人が子どもを預けて働くことが出来る社会」を目指す、と書かれたとき、「希望するすべての子どもが親と一緒にいることが出来る社会」を目指すことの方がよほど自然で、社会に「絆や人間性」を取り戻すことになるのではないのか、と心を痛めた保育士が日本中にたくさんいたのです。一緒にいることは出来なくても、せめて年にたった一日、一人ずつ、親たちが「さあ、今日はあなたが優先だよ」という姿勢を自分の子どもだけではなく、ほかの子どもたちにも見せてくれたら、それは社会に信頼関係を取り戻す意味で、大きな一歩になるはずです。

 「すべての子どもが、親と一緒にいることを希望する」これが哺乳類。それが揺らいだとき、人類は幸福になるために一番必要な宇宙からの「信頼」を失うのです。

園長は父親をウサギにする権利を持っている

 私は保育園や幼稚園に講演に行きます。保育参加、子育ての意味、この時期の大切さを説明します。そして、現場の風景から多くのことに気づきます。先日、講演に行った園では親たちの参加を増やすため、私の講演とお遊戯会を組み合わせていました。子どもたちに可愛い芸を仕込んで舞台にのせると、お父さんたちもビデオを持って集まってきます。お父さんを前にして、子どもたちの一生懸命な演技が終わると、間髪を入れず、私の講演に移るのです。逃げる時間はありません。

 講演のあと、続きのお遊戯会があって、お父さんたちが「ウサギ」にさせられていました。

 保育士たちが、手ぬぐいに長い耳を縫いつけた簡単なウサギのかぶり物を用意しておいて、私の講演が終わると、「ハイ、お父さんたちは、ウサギになってくださ〜い!」と言って手渡します。

 すると、お父さんたちはウサギになるしかないのです。

 そして、お父さんたちが変わる。保育園でウサギにさせられたら、誰だって少しは変わる。手ぬぐいを使ったかぶり物ですから、顔の部分は見えます。

 引きつった顔でいやいやかぶったお父さんも、三分もすればちゃんとウサギです。経済を中心にした競争社会で固まっていたお父さんたちのこころが溶け出す。それを見て一番喜んでいたのがお母さんたちでした。

 幼稚園や保育園という魔法の場所には、「お父さんたちをウサギにする権利」が与えられている。私はしばらく感動していました。何か凄いものを見た気がしました。人類の平和につながる糸口を発見したような気がしました。

 最近学んだことの中で、これは一番の学びでした。

 この権利は、いつ誰から与えられたものだろう。宇宙から与えられた権利にちがいない。だから強い権利です。最近「権利」と呼ばれる物のほとんどが「利権」である場合が多い中で、しかし、これは絶対に「利権」ではない。この権利だけで、子どもが安心して幼児期を過ごせる環境を勝ち取る闘いに、はたして勝てるだろうか。

 勝てるかもしれない、と私は思います。お父さんたちも実はウサギになりたかった。それが私にはわかるのです。幼児たちを眺めること、そして一体になることは、人間たちに、この宇宙に不公平はないという意識と感覚を与えるのです

 昔、男たちは年に2、3回「祭り」の場でウサギに還っていました。自分の中に3歳だった時の自分が生きていることを確認していたのです。目標とすべき自分が、心の中にいることを知って人間は生きていくのです。人生は自身を体験することでしかない。

 数週間経ち、園長や保育者が握っている「父親をウサギにする権利」について考え、行き着いた結論は、「人間は幼児という神様、仏様、絶対的弱者の前では、正しい方向に進むしかない。たとえそれがウサギになることであっても」というものでした。それは宇宙が人間のために用意している目的と重なるように思えました。

 父親をウサギにして母親が喜ぶ。これがいいのです。母親をウサギにしてお父親が喜ぶ、これでは駄目です。

 子どもたち、という神様が見ていますからね。


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待たない園長先生の話

 以前、「待つ園長先生と待たない園長先生の話」を著書に書きました。

 先日久しぶりに、待たない園長先生の園で講演をしました。あの時書いた引き受けて8年目になる保育園は、親子全員でバスに乗って潮干狩りに出かける活気のある保育園としてすっかり定着していました。ところが、今度は幼稚園の方で、津波が心配だから潮干狩りは行かせない、という親がたくさん出て困っている、というのです。ここ三ヶ月の日本の状況を考えれば、そこまでは理解出来ないことではないのですが、他の園もそうしているから遠足の行き先は親が決めるべきだ、という要求が出てきて、親の代からもう何十年もそこで幼稚園をやっている園長先生、怒っていました。少子化で園児数が減り、政府の保育を雇用労働施策と位置づける方針で、保育界全体がサービス産業化させられようとしていることが伏線にあるのです。園長先生の苦労は続きます。親たちに手紙を書きました。園長先生が怒っている本当の原因は、親たちの要求ではないのです。親と園の関係が利害関係の方向へ変化していくことが心配なのだと思います。子どもは利害関係に囲まれて育ってはいけな。直感的に、園長先生が思い描く「親らしさ」を、こうした要求が変質させてゆくように思えるのです。子どもを育てる幼稚園という環境のどこかに、家族という選択肢のない、利害関係のない、育てあい育ちあいをするしかない、信頼関係に基づいた、しっかりとした絆を残したいのだと思います。


待つ園長先生と待たない園長先生の話

 

 公立保育園の民営化が進んでいます。公立保育園は公務員である職員が高齢化してお金がかかります。民営化すれば、お金をかけずに、しかも競争原理が保育の質を保つ、というのです。公立保育園の補助が一般財源化され、この動きに拍車がかかりました。しかし、いまある現実は、行政が「預かれ、預かれ」と言って、現場が「水増し保育」をして対応せざるをえないという状況です。

 公立の保育園を一つ頼まれて引き受けた園長先生の話です。仮にK園長としましょう。

 幼稚園や保育園は、園長先生の人柄と意識でずいぶん雰囲気が変わります。親の雰囲気も、子どもたちや保育士の雰囲気も変わります。この「雰囲気」が子どもの日常で大切なのですが、これが保育園によってかなり違うのです。保育園は人間が心をこめて日々を創造する場所ですからそれでいいのですが、公立の場合、園長先生が四、五年で異動します。一つの園に道祖神や地べたの番人が根づくことがむずかしい。その結果、親の要望が園の雰囲気を作ることがあります。

 K園長先生は、もと私立保育園の主任さんでした。子どもは子どもらしく、遊びを中心に園で楽しい時間を過ごさせたい、という保育観を持っていました。ところが、先生が引き受けた公立保育園が民営化されるとき、親たちが役場と掛けあって、保育のやり方を変えない、という同意書をとりつけていたのです。公立のときに入園した子どもが卒園するまでやり方を変えてはならない、それが権利だ、というわけです。役場は、とにかく公務員を減らし民営化を進めなければなりません。予算と議会決定のことで頭がいっぱい。園は子どもが育つところ、親心が育つところ、などという考え方は、彼らにしてみればおとぎ話のように思えます。親の要求を丸呑みしてしまいました。

 一人の園長が主のように存在する私立の園とは違い、公立の場合はどうしても親の主張が強くなります。保育園が仕組みとして扱われ、保育士が保育を「仕事」と割り切る傾向があるからです。そして、役所は「親のニーズに応えてください」と園長先生に言いつづけてきたのです。厚生労働省も「福祉はサービス、親のニーズに応えましょう」と言ってきたのですから、役所を責めるわけにもいきません。親も保育園を子育ての「道具」くらいにしか考えていないようです。親と保育士という一緒に子育てをする人が、「役場の窓口経由」で話しあうなんて、そうとう馬鹿げた状況です、文化人類学的に考えれば。

 「親のニーズに応えたら、親が親でなくなってしまう」という叫びを現場の園長から聞いたのがもう二五年も前のことですから、この役場と現場の意識の差がいまの日本の混乱した状況をつくっていると言っても過言ではないでしょう。親のニーズを優先するか、子どものニーズを優先するか、という視点の違いです。これは、人類の進化の方向を決定づける選択肢です。親の要望とニーズの第一が、この園の場合「しつけ」だったのです。大人の言うことをよく聞く「いい子」に保育園でしてほしい、と言うのです。こういう子どもを作ることは可能です。子育ての手法、目的としては楽かもしれません。しかし、これを集団でやるには子どもに対する「情」を押さえなければなりません。

 K園長はその園にきて、ああ、この子たちは萎縮している、かわいそうだ、と感じました。子どもが子どもらしいことは園長先生の幸せでもありました。同意書があったとしても、楽しそうなのがいい、無邪気なのがいい、という気持ちが勝って、そういう雰囲気を作ったのです。途端に、一部の親たちから文句が噴出しました。「子どもが言うことを聞かなくなった」と。

 子どもが言うことを聞かなくなるには意味があります。子どもたちには、親を育てる、という役割があるのです。

 園長はあきれ顔で私に言いました。「あと二年残っているの。二年すればみんな卒園して、それから本当の保育ができるの」

 モンスターペアレンツは、紙一重で「いい親」。いや、いい親だからこそモンスターになるわけですが、もしこのとき、彼女たちが、もう少し時間をかけてK園長先生の真心に耳を傾けるだけの心の余裕があったら。目を見つめ、親身さを感じることができたら、視点を変え、きっと親子で違った人生を送ることになったのです。役所の受付の人が一言、「こんどの園長先生は素晴らしい方ですよ」と笑顔で親たちに言ったなら、ひょっとすると、それだけで何かが変わっていたかもしれない。

 保育士がどんなにしつけても、しょせん五歳までの関係です。継続性がないのです。しつけを支える「心」は、子どもの幸せを願う心、子どもの発達をみつめながら自らも育っていく、育ちあいの継続性を持っていることが大切なのです。親が子どもをしかるとき、たとえ子どもが成人していても、親の記憶の中には三歳のときのその子が存在します。それが親子関係の意味です。

 一見「いい子」が小学五、六年生で突然おかしくなったりする原因の一つが、このあたりにあります。保育園と親たちの心が一つになっていない。大人の心が一緒に子どもたちを見つめていない。子どもたちが安定した幼児期を送っていない。親が子育てやしつけを保育園に頼りすぎると、子どもたちが言うことを聞かなくなるときがくる。親を育てる役割を果たせていないからです。そのときにはやり直しはきかない。人生の修行のやり方はいろいろですから、いつか親が真剣に子どもと向きあえば手遅れということはないのですが、お互いにつらいことになります。親がその子が幼児だったときのことをなかなか思い出さないからです。

 私はK園長の思い、そして人柄を知っているだけに、この人の真意を見抜けない親は、いったい何に駆り立てられているのだろう、何を急いでいたのだろう、と考えずにはいられません。「自由に、のびのびと、個性豊かに」なんていう教育が、こんな親を増やしたような気はします。

 いい園長先生の「心」を、立ち止まってしっかり見てください。子どもが幼稚園や保育園で楽しそうにしていたら、それを当たり前と思わないで、先生に感謝してください。私が説明しなくても、そうなるように、一日保育士体験を根付かせなければなりません。

 

 ある日、知人のお医者さんが悲しそうに言いました。患者が感謝してくれないんだ、と。ひどいときは、疑わしそうな目でみられたり、ほかの病院に行ってもいいんですよ、という表情をするのだそうです。いいことをしようと思って医者になった知人には、それが一番つらいことのようでした。

 病院があって、そこにお医者さんがいて、119番を回せば救急車がくる。それだけでも感謝することはできるのに、もう誰も感謝しなくなった。このままいくと、いつか日本もアメリカのように、お金か保険がないと医者に診てもらえない社会になるかもしれません。目の前に救える人がいるのに、お金がなければ救わなくなったとき、人間は進化するための人間性を放棄するのでしょう。

マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」をご覧になってみてください。保険に入っていないからと、病院が患者を捨てる映像が映し出されます。いま先進国と呼ばれるアメリカの現実です。人類がシステムを作って人間性を失ってゆく実態です。背後にあるのは経済論です。

 

 幼稚園を二つやっていた園長先生が、役場に頼まれて保育園を一つ引き受けました。県議会議員もやっているので、行政の方針には協力しようと思ったのです。引き受けた保育園は、まったく行事をしない、親の言いなりになってきた保育園でした。四時間のパートでつないできた保育園です。園長先生は、そういう保育に慣れて気の抜けた半数の保育士を入れ替え、潮干狩りの親子バス遠足をやることにしました。ほとんどの親が反対です。行事なんてやったことがないのです。結束してボイコットしようとしました。最近の寂しい親たちはこういう馬鹿げたことで団結するのです。子どものためではなく、自分の権利(利権?)のために結束するのです。自分たちの保育園が、新しい園長先生の保育園になってゆくのが嫌なのです。許せないのです。

 「なんでバスで行かなければならないのか、自家用車で行きたい」と言う親がいました。

 園長先生は「だめです。みんなでバスで行くのです」

 「じゃあ、行きません」

 もう、子どもの遠足なのか親の遠足なのか本末転倒、むちゃくちゃです。

 参加者が半分に満たなかったために、最初の年、園長先生はバス代をずいぶん損したそうです。でも、そんなことではめげません。親たちに宣言します。

 「私は絶対に変わらない。それだけは言っておきます。あなたたちが変わるしかない」

 わずか三年で、親子遠足全員参加の保育園になりました。親も楽しそうな、子どものための保育園になりました。

(「なぜ 私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)


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シャクティの踊り手たちとシスター、アメリカに行きます

 29th of this month we are travelling to South Carolina.

July 2nd is our FeTNA program. Then we have arranged

program and mission preaching in 3 churches.July 23rd

will be the last program in Atlanda arranged by FeTNA

and we will travel back on 25th.

ビザも無事とれて、シスターたちと踊り手たち、いよいよ渡米です。

何かが始まる感じがします。

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シャクティの映像と解説/考えたこと

http://kazumatsui.com/sakthi.html

(シャクティの映像と少し詳しい解説をホームページに載せました。
映像は、リンクさせてYouTubeで見られるようにしました。)
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シスター・チャンドラと出会い、シャクティの踊り手たちを追いかけ始めなければ、私は一生に一度もドキュメンタリー映画を撮ることはなかった。そう言ったらシスターは「God’s Will」(神の御遺志です)と笑って答えた。

 インドという国の圧倒的な存在感と風景、そして静けさは、私に様々なことを教えてくれた。いまでも、教え続けている。日本で、保育や教育の問題、子育ての意味について考え書き、0歳児の役割について講演している時に、私は時々原点に還るようにシャクティの風景を思いだす。人間が長年共有してきた次元や意識がその中にある。

 そして、繰り返し考える。「人間はなぜ踊るのか」。


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草原で語るシスター「幸せとは」

草原で。「幸せとは?」  http://www.youtube.com/watch?v=uoQXhyz0rOg 
このアドレスで「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」のシスターのインタビュー映像にリンクします。


 「祭り」は、人間の進化や伝統の中で大切な役割を果たしてきました。絆に頼り、絆を信じて生きるしかない人間たちに必要な大切な行事です。生きている意味を確認し、体現することなのでしょう。福祉とか教育では中々代行できない、人間の遺伝子をオンにするために必要な発明です。

 祝うことが、祈ることであってほしい。祈ることが、祝うことであってほしい。そんなメッセージが伝わってきます。

 今のかたちの宗教が現れる前にあった人間のつながり方、原始的な祈り方を「アート」という言葉でシスターは表現したのだと思います。この次元のつながりを取り戻すことが、人類に必要ですね、と言っているようです。

 日本の小学校で、毎朝子どもたちが「輪になって踊る」ことで、この人類としてのつながりを実感出来るような気がします。オリンピックの開会式などを見ていても感じますが、こういう次元のコミュニケーションの入口に「0歳児が静かに眠っている」のだと思います。

 このインタビューの中でシスターが、「幸せとは?」という私の質問に、「集まること」と答えます。このタイミングが私は好きです。ドキュメンタリーという形でなければ残せない、宇宙にたった一度しかないタイミングのような気がします。時々、こういう瞬間のために生きているような気がします。


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栄養士さんからの講演依頼

 さっき、埼玉のある学校の栄養士さんから、夏の研修会で講演してもらえませんか、というお電話がありました。日程がどうしても合わず受けることはできなかったのですが、嬉しかったので、しばらくなぜ嬉しいのか考えているうちに、これを書いています。学校の現場でも先生や保護者の前で話すことはたくさんあるのですが、栄養士さんたちからの依頼というのは初めてでした。

 以前、本に書いた文章を思い出し、それをこのブログにも書いておこうと思いました。


保育園の守護神たち

 

 山形の先生たちに講演する前に、しばらく控え室で若い先生と二人っきりになりました。大会のセレモニーをしている間、待ち時間があったのです。その若い先生が入れてくれたお茶が、不思議においしかった。落ち着いた、やさしい味がしたのです。

 「何年保育士をやっているんですか?」

 「保育士ではないんです。調理師なんです。給食を作ってます。七年目です」

 「おかけになりませんか?」

 「はい」

 「楽しいですか?」と尋ねました。

 「はい。とても」と微笑まれます。「でも、三年務めたとき、一度やめようと思ったことがありました……」

先生は、そう言って窓の外の景色を見つめます。「そのとき、園長先生に、もう二年やりなさい、と言われたんです」

 「つづけたんですね」

 「はい。五年目くらいから、調理をするのが楽しくなりました。私の作った給食を、どんな顔をして園児が食べているか覗いて見るようになったんです……。おいしそうに食べているのを見て、とても幸せな気分になってきたんです。あのとき、やめないでよかったです」

 「五年かかったんですね」

 「はい」と頷く先生の顔が、晴れ晴れとしています。

 一杯のお茶の向こうに園児が見えました。声が聞こえる気がしました。

 給食の先生は保育園を眺めています。客観的という言葉は当てはまらないけれど、毎日毎日、繰り返し心を込めて園児の食事を作る人たちは、園のすべてを見ています。おいしい給食をつくる先生に聞くと、その園のことがわかります。

 厳しい保育士がいたりすると、お願いだから給食の前にあの子を泣かさないで、と心の中で祈ります。心を込めて食事を作ることが、人間の確かな目を育てます。だから、保育園に給食室は必要です。保育園は子どもたちが育っていく家なのです。屋根があって、門があって、釜戸があって、その釜戸の前で、子どもたちを思う心が育っているのです。

 調理師の先生の目が、子どもたちを見守っている。これも大切な保育です。

(「なぜ、私たちは0歳児を授かるのか」国書刊行会より)


 幼児が育ってゆく不思議な気が活発に動く場所で働くひとたちが、ただ職業として労働として働いていたのでは、幼児たちが、本当の役割を果たせたことになりません。幼児たちの存在が、社会に人間性を育てる。潜在的な役割を含んだ絆を育てる。その絆は、いつどこで役立つのかわかりません。しかし、お互いの意識の中に存在し、育ってゆくのです。

ある理事長先生のはなし

 ある私立の幼稚園の理事長先生の体験談です。男性ですが、子どもが大好きで熱血漢、県会議員もやっておられる年輩の方です。

 ある年、視覚障害をもっている子どもを引き受けたそうです。経験がなかったので躊躇したのですが、どうしても、と言われ、決心し、自ら勉強会や講習会に通い、出来る限りの準備をしたのだそうです。

 その子が入園して間もなくのころ、砂場でその子が一人で遊んでいて、自分の頭に砂をかけたそうです。その「感じ」がよかったのか、そっと、繰り返しかけたのだそうです。理事長先生は、注意することなしに「遊び」「体験」として見ていました。幾人かの子どもが集まってきて、その子にそっと砂をかけ始めました。それを理事長先生は、「育ちあい」として見ていました。長年保育をしてきた先生の経験からくる確かな判断がありました。その子のお母さんが見ていたことも、先生は知っていました。

 無事に3年が過ぎ、卒園が近づいてきました。そして、その子の母親が「あの日」のことを卒園の文集に書いたのです。砂をかけられ幼稚園でいじめられている我が子の姿がどれほど不憫だったか。それを先生たちは笑って見ていた、と。

 理事長先生は、あれほどびっくりしたことはなかった、悲しかったことはなかった、障がい児を預かるのはもうやめようかと思った、と話します。子どもに対する思い、保育にかける情熱に自信がありましたから、その気持ちが母親に伝わっていなかったことにびっくりしたのです。

 3年間そういう思いで過ごしてきた母親の気持ちを思うと、私はやりきれない思いにかられます。しかし、これは、いい理事長先生といい母親のエピソードです。

 その子は3年間、この二人に守られていたのです。