『卒うた』・少し雪の降った朝

『卒うた』・少し雪の降った朝

 

少し雪の降る朝、駅に迎えに来てくれた役場の軽自動車の中で、幼児たちの歌声を聞きました。

運転する元男性保育士さんが、自分が受け持った子どもたちの卒園式ために作詞作曲したオリジナルソング「卒うた」三曲です。私が音楽もやっているのを知っていて、ぜひ聞いてみて下さい、と CDに焼いたのをくれたのです。いま、聴きましょう。それをさっそく車の中で聴いたのです。

年長組を受け持った年ごとに、一曲ずつ作った、その年の卒園児のためだけのオリジナルソングです。後ろの音楽は彼が自分でプログラミングしたもの。

その音楽にのって歌う子どもたちの一致団結した歌声に、みんなと数年過ごした保育園での日々が凝縮されているようでした。卒園させてゆく担任保育士の晴れがましい誇りと、子どもたちとの思い出、小さな決意、それを囲むみんなの願いと祈りがたしかに聴こえてくるようでした。

卒園してからも、毎年一回集まってこの歌を一緒に歌っていれば、きっとイジメなんかおきないし、辛いことがあっても乗り越えてゆけますよね。道徳教育なんかより、一緒に歌うこと、一緒に踊ることですよね、という話を役場の軽自動車の中でしました。

窓の外の雪景色がとても澄んで見えました。

 

 

松居 和 様

塩尻市こども課の浦沢です。
お忙しい中、本日の巡回子育て応援講演会の御講演、誠にありがとうございました。

さて、講演会会場への道中の車の中では、私が卒園児と一緒に作った『卒うた』をお聞きくださいましてありがとうございました。

この『卒うた』にはいくつかのエピソードがあります。

エピソード1
卒園させた女の子Aちゃんの話です。
中学生になって、友達との関係に悩み、不登校になりました。
学校に行かれなくなったAちゃんのことは、風の便りで聞いていてとても心配はしていたのですが、連絡ができずにました。
それからしばらくして、なんとAちゃんから手紙が届いたのです。
手紙には、学校に行かれなくなった心の傷が書いてありました。
学校へ行かない日が続き、悶々と引き込もっていたある日、お母さんが、『これ、聴いてごらん』と、卒園式にもらった記念の卒うたCDを持ってきたそうです。
CDは、お母さんが大事にしまっておいてくれたそうです。
懐かしく思ったAちゃんは、CDの歌を聴いてみたそうです。
「先生、歌を聞いてたら、涙がポロポロ出て止まらなかよ。だって、保育園の頃の自分に励まされてるみたいで。」と、手紙には綴ってありました。
そして、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えて、学校に行こうと思ったそうです。。
それからAちゃんは無事に卒業して、高校、短大へ進学し、今では新社会人として活躍しています。

どこで、どんな励ましの風になるか分からない。それが保育です。
だから「保育に手を抜きたくない」そう思っています。

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男性保育士さん(いまは、こども課の浦沢さん)が作った三曲、聴いてみてください。

タイトルは、一曲目が「旅立ち」、二曲目が「あしたにむかって」。そしてもう一曲、「未来へ」です。

保育園の時を超える無限の可能性が聴こえてきます。

 

もし、三曲のうち一曲ずつを園が選んで、卒園式の日にみんなで歌って、もちろんそのために一生懸命練習をして、保護者も保育士も子どもたちの声にしっかり耳を傾け、記憶に焼きつけ、そして卒園してからも、3年に一度でいいから、みんなで園に集まってこのうたを歌う機会を政府が作ったら、それだけでずいぶんこの国はよくなるのだと思います。みんなで思い出の歌を歌うことで、園はいつでも故郷になれます。

保育園や幼稚園が時空を超えた心のよりどころになっていけば、それは将来にわたって必ずみんなを助けてくれる。子どもたちだけではなくて、その周りの大人たち、親たちや教師たちも、様々な形で助けてくれる。

これほど簡単に、助け合うきっかけができるのに、生きる力を取り戻せるのに、なぜこういうやり方をしないのだろう、と思います。

地域の絆とか、社会で子育て、というけれど、その始まりに歌や踊りがなければ、それは古の法則にかなうものではない。

いつでも出来ること、教育なんかではできないこと、がすぐそこにあるのに、なぜそれに気づかないのだろうと、思うのです。

浦沢さん、ありがとうございました。

 

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