関わること/教えること

一昨日の「親心をはぐくむ会」で、園長先生たちから教わったこと。もう一つ。

保育とは、子どもに関わること、という話になった時、関わるとはどういう意味か、なでしこ保育園の門倉先生が説明しようとして、なかなかうまくできず、「とにかく子どもと関わること。関わることなんだよ」(門倉先生は女性です)と歯がゆそうに繰り返したのです。
すると、朝霞の大島園長先生が言いました。

「1歳児、2歳児で噛みつく子がいます。そういう時、私は、保育士を一人決めて、あなたは今日一日この子に関わりなさい、と言います。朝から夜まで10時間、その子につきっきりにさせるのです。他の子のことは考えなくていい、その子だけに集中させるのです。子どもが嫌がっても、させます。それを一週間、時には二週間、一人の保育士が張り付くのです。すると、その子が噛みつかなくなるのです」
「そうなんだよ。それが関わりなんだ!」びっくりするほど大きな声で言った門倉先生の目が燃えています。
大島先生と門倉先生の間に、同志の火花が散るのが見えました。
「四歳、五歳じゃ、遅いんだ。一歳,二歳でそれをやんなきゃもうだめなんだよ。昔はこんなことはなかったんだ」
1歳児は、保育士一人で4人の子どもを見ます。一人が「関わったら」負担がまわりに確実に及びます。それでも、その時、その時期に関わらないと、その子は不幸になる。その時の「関わり」がその子の一生に影響を及ぼす。その子の幸せを遠くまで直感的に見透す門倉先生と大島先生は、だから保育士に「関わらせる」。
保育界に、もう少し余裕があったら、と思います。こうした日本の将来を見透す同志たちが、まだ生きているうちに、社会が気づいてくれたら、と思います。
シャクティのドキュメンタリーの中ほどに、貧困の中で暮らす村の女の子たちがシャクティセンターに向かって行進するシーンがあります。胸を張って歩く子どもたちの勇姿、はじけるような笑顔、そして、その子たちを教えるシャクティの少女たちの真剣な顔を見ていると、しっかり「関わって」もらった子たちなのがわかるのです。こんな子たちに「教えること」は、それ自体がすでに「関わること」。
信じあう幸せです。
教えることが、教える側の幸せになっている。だから、教えられる側がいつか幸せな教える人に育ってゆく。そんな当たり前の風景が、シャクティの世界にあって、私に考える基準を教えてくれます。先進国社会でどんどん希薄になってゆく、幼児との関わりが、いかに自然で大切なものだったか、シャクティの風景を思い出すと、より一層はっきりするのです。

「はぐくむ会」が終わって、まだ若い花園第二保育園の高木園長に、
「凄いものを見ましたね、今日は」と言うと、「門倉先生があそこまではじけるのを見たのは、久しぶりです」と高木先生も、ちょっと神妙な顔で言います。
「あの瞬間をフュージョンと呼ぶんでしょうね。あの風景は見たものでないとわからないな。凄い気が、二人から出ていました。あの二人をセットにして、舞台に乗せる機会をつくらないと」私は、考え始めます。一日保育士体験、しっかり布教を続けなければなりません。
日本という国が、欧米社会を追って崩れてゆく、否、人間社会が幼児を見放し壊れてゆくことへの地球の叫びを聴いた気がした不思議な体験でした。
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学校で教える教師たちは、卒業して行った子どもたちに、感謝される日が来るかもしれない。親たちに感謝の宴を催してもらえることさえある。
しかし、一歳児に一週間関わった保育士に、誰が感謝するのか。そのこと覚えている卒園児はいない。親たちは、その関わりのもつ意味にさえ気づかないでしょう。
大島先生は、私たちは天国に貯金をしているんです、と言いました。

来日公演に備えて

チラシを配っています。

土曜日のKnob君の「ガイアシンフォニー」公演、馬場君の三鷹での個展で配り、昨日は月に一回熊谷で集まっている、「親心をはぐくむ会」で園長先生たちに配りました。保育園の掲示板などに貼っていただけるように。
シャクティ応援団に登録して下さった方の中に写真家の方がいて、その方の個展でもチラシを置いてもらえることになりそうです。個展のテーマがインドなのでぴったりです。
このブログを読んだ方で、チラシを置いて下さる方、ミニコミ紙などに載せて下さる方がおられましたら、chokoko@aol.comまでご一報ください。ポスターもあります。

面白い話が一人の園長先生から出ました。

それは、「どうぞのイス」というのです。朝霞にあるその園には外の私道のところに「どうぞのイス」と書いてあるベンチが置いてあって、だれでもどうぞご自由にお座りください、という風になっているそうです。

そこに来て時々半日座っているおばあさんが「子どもの声を聞いているだけで、園庭を眺めているだけで、生きてる気になる。幸せになる」と言うそうです。

座ってタバコを吸っていた高校生が、園長にしかられたりするそうです。

これは、とてもいいな、と「はぐくむ会の」みんなで思いました。

日本中すべての幼稚園保育園に「どうぞのイス」があったらいいですね、と園長先生たちと盛り上がりました。幼児を眺めて社会が成り立つ、人間たちの心が一つになる、と私は常日頃、もう23年も、言ったり書いたりしているのですが、その象徴のようなイスだ、と思いました。園と家庭の橋渡しになるような気がします。園児の家族だけでなく、他の人々も含まれます。幼児はそうやって、人間社会に人間性を与えるのです。「どうぞのイス」は、社会はこうあって欲しいというヒントを私たちに与え、ビジョンを示すのだと思います。

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シャクティ2009日本公演

今日は、タミルナードのシャクティセンターでお祭りです。招待を受けていた私は、日本で来日公演の準備をしています。

来月、打ち合わせにインドまで行きます。早くシャクティのエネルギーに触れたいと思います。
昨日は8月15日、終戦記念日でした。シャクティ公演が10月31日に行われる東京ウィメンズプラザでディジュリドゥー奏者のKnob君主催の地球交響曲第六番(ガイアシンフォニー)の公演があり、裏方で一日手伝ってきました。Knob君を囲む仲間たちは、一緒にいてホッとします。打ち上げでは少し龍村監督とも話をしました。もう第七番を撮り終わって、これから編集だそうです。
ガイアはすごい映画です。世界中の人に見て欲しい、地球からのメッセージです。私は個人的には第四番が好きです。チンパンジーの研究家ジェーン・グッデルが出ています。どちらかと言えばガイアの中では地味かもしれませんが、私は好きです。

最新のガイア第六番は「音」「音楽」がテーマです。Knob君が三原山でディジュを吹く映像が出てきます。
映画の最初に出てくるのがシタール奏者のラビ・シャンカール。ビートルズのジョージ・ハリソンの師匠として有名なインド音楽の巨匠です。もう89歳。伝説上のロックコンサート、ウッドストックにも出たひとです。ガイアに出て来るアニシカや、歌手のノラ・ジョーンズのお父さん。実は、ジョージ・ハリソンプロデュースのラビ・シャンカールのアルバムで私は尺八を吹いています。
もう25年くらい前のことですが、彼と3回コンサートをやって共演しました。最初はタブラがラビジの盟友アララカ、2度目はアララカの息子、ザキル・フセインでした。ザキルは、ジョン・マクラフリンが主催していたグループシャクティ(Shakti)のメンバーで、映画「ジェーコブズ・ラダー」のサウンドトラックでも共演しました。驚異的なタブラ奏者です。その時のバイオリンがL.シャンカル。懐かしい、昔の、想い出です。
私は、ザキルがまだ20歳くらいの時、ニューデリーでサロッドのアムジャダリ・カーンと共演するのを見ました。その時すでに「わーっ」と思いました。あれから、もう35年になります。

先月出版された私の六冊目の本「なぜわたしたちは0歳児を授かるか」を読んだ方から、シャクティのDVDを観ると、本で私が言おうとしていることが実感できます。踊り手たちと共にいるような、不思議な温かみをおぼえました、とお手紙をいただきました。

すべてが、つながっています。
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これは、その本からの抜粋です。ちょっと、このブログと重なっていますね。



インドの野良犬

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 インドという国が私の思考の原点にあって、二〇歳のときに一年余り過ごした体験が親心や保育の問題を考えるとき、蘇ってきます。

 子どもを預かる「保育」は「子育て」です。他人が国家的な仕組みの中で他人の子どもを育てる、という人類が経験したことのない「新しい子育て」の形です。だからこそインドの風景を思い出し、当たり前のように先進国社会が受け入れている学校や幼稚園・保育園を、人間が何千年もやってきた子育ての風景に照らしあわせます。

 去年インドのダリット(不可触民)の女性の地位向上と人権問題で、仕組みと闘う修道女のドキュメンタリー映画を四年がかりで完成させました。「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」といいます。

 南インドのタミルナード州で、ダリットの少女たちを集め、裁縫や読み書き、権利意識について教えているカソリックの修道女が、彼女たちにダンスを教え、カーストや女性差別反対のための公演をしている。それが素晴らしいという友人の話に引き寄せられ、三〇年ぶりに私は懐かしいインドへ戻って行きました。

 インドはやはりインドでした。空気中に漂う先進国が失ってしまった「何か」、言葉では表わしにくいのですが、私はその「何か」を感じると、少し落ち着きます。大地や時間との一体感、人間の意識が時空を超えることができるという感触、大きなものに包まれている感じです。ヒンドゥー教の影響でしょうか。インドはとてもバーチャル(仮想)な世界です。仮想現実が人々の生活に生きています。そして人々をつなげています。

 インドへ戻った最初の夜、電気を消して眠りに入ろうとすると、窓の外で野良犬が吠えているのが聞こえました。

 その瞬間、私はさっき考えていた「何か」を見た気がしました。インドの野良犬は飼い主のいないれっきとした野良犬。痩せて皮膚病や咬み傷のあとがあって、ぶらぶらと人々の日常の隙間で暮らしています。人間の意志とは関係ないところで生きているようです。犬には犬の次元があって、人間の営みの間を縫うような動きです。吠える声から連想したのは、闇の中を動き回る彼らの自由でした。小走りに走る足音。それが、私のいる空間にもう一つ別の次元を加えるのです。思いどおりにならない次元を……。先進国に住んでいると忘れている現実が五感に甦ってくるのは、私がまだ太古の記憶をDNAの中に持っているからでしょうか。

 ダリットの少女たちのダンスの美しさ、強さ、潔さに魅了されテープを回し、話を聞き、カースト制がいかに人々を抑圧差別しているかを教わりました。最下層の娘と結婚しようとした男が兄弟に殺されるような事件がいまだに起こります。カースト内の人に出すコップでダリットにお茶を出したお茶屋さんが、焼き討ちにあったりします。

 しかし、私が出会ったダンサーたちは美しかった。「ダンスの素晴らしさ」から「カーストの問題」へとテーマがシフトしかけていた私の気持ちは、踊り手たちと親しくなるにつれ、「絆」の方に向いていきました。少女たちの村に招待されてその世界に入って行くことによって、再度「人間の美しさ……」に引き寄せられました。

 先進国社会において、大自然の作った秩序と人間の作った秩序が闘っています。本来次元の異なる、住み分けや交流ができるはずのものが闘い始めている。それが伝わる映像を目指しました。

 踊り手の一人モルゲスワリの村で、彼女の両親にインタビューしました。自分たちがヒンドゥー教徒であることも、アメリカや日本という国が地球上にあることも知らない二人でした。両親は季節労働者で、モルゲスワリの妹が紡績工場で働く一八〇円の日当が一家の生活を支えていました。

 「夢はなんですか?」とインタビューの最後に聞いてみました。

 「子どもたちが結婚して家庭を持つこと」とお母さんが答えました。

 モルゲスワリと妹に、「あなたたちが結婚することで働き手がいなくなります。ダウリ(持参金)が必要になり、両親が一生かかっても返せない借金を背負うと知っていて、結婚を躊躇しませんか?」と聞いてみました。二人は笑って「しません」と答えました。「それを両親が望んでいるのですから」。

 親が子どもの幸せを願い、子どもが親の望みをかなえようとする、人間社会の幸福感の基本は、踊り手たちの風景の中で確かに受け継がれていました。女性によって受け継がれていました。そして、映像に映し出されてくる彼女たちの顔は、不幸そうではありませんでした。

 シスター・チャンドラは「幸せとは?」という私の質問に、「集まること」と答えました。 そして、最後のインタビューで、村人の美しさは「わかちあうことからきている。私はそこに神を見る」と言いました。私は日本でこの二つの言葉を繰り返します。「集まること」そして「わかちあうこと」。人間の進むべき道があるのだとしたら、この二つの言葉を幸せのものさしにして進まなければいけない、と思うのです。

 一人で撮って初めて編集した「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」は、春に第四一回ヒューストン国際映画祭の長編ドキュメンタリー部門で金賞を受賞しました。宗教や制度を越えた普遍的なテーマを、審査員の方々が感じ取ってくれたのだと思います。宗教間の違いを乗り越え理解を深めるという主旨で行われる、イタリアの国際宗教映画祭の招待作品にもなりました。映像でなければ伝わらない風景、顔。音楽でなければ伝わらない次元。祈りの世界には言葉では表せない部分がたくさんあります。出会いと絆を創造するために、この映像があってほしい、と思います。

 この映画のDVDを、私が委員をしている埼玉県の教育局の人たちに見てもらいました。すると、いままで私が委員会でしてきた発言に、不思議な実感が伴うらしいのです。インドの野良犬が私に伝える「何か」が、映像や音楽を通して、教育局の人たちにも伝わるのかもしれません。

 映像の中にシャクティセンターに向かう村の子どもたちの姿がでてきます

 「ああ、こういう子どもたちに教えることが出来たら幸せだろうな」と誰にも思わせる学校の原点が子どもたちの表情の中にあります。教える事で先生たちが幸せを感じる、教える側の幸福感を基盤に、本来、伝承は成り立っていくのです。子どもたちが、教え手を育てる、それが親子関係の本質ですから。シャクティセンターに向かうあの子たちのように、明るく、潔く、堂々とした表情が、そして草原を並んで歩く風景が、学校に命を吹き込むのです。

 シャクティセンターで子どもたちを待つ先生たちはあのダンサーたちです。教職の免状もなければ教え方を教わった娘たちでもありません。それなのに、たった8日間のサマーキャンプから生まれる「美」。家族、村、そしてシャクティセンターを包み込む人間たちの「信頼関係」が、たった8日間のサマーキャンプに、「真の学校」を映し出すのだと思います。

 そして、不思議なのは、シャクティセンターのサマーキャンプは、読み書きや人権の真ん中に「踊ること」があるのです。教えることの中心に「和」があるのです。

 日本の学校も、一日一時間必ずみんなで輪になって踊る。そんな方向に教育改革が出来たら、きっと日本は、昔のように絆で結ばれた美しい社会に戻るのだと思います。

 決して不可能なことではないのです。そういう視点を取り戻せないほどに、感性が鈍ってしまっているだけです。人間がシステムを作っているうちに、いつの間にか、システムが人間を作るようになってしまったのです。





堀内誠一展/世田谷文学館

シャクティとは直接関係ないのですが、世田谷文学館でやっている堀内誠一展は、ちょっと凄いです。http://www.setabun.or.jp/exhibition/horiuchi/
娘さんの花子ちゃんに誘われて内覧会を見に行って、ああ、すごい人だった、とあらためて思いました。二十歳の時にインドを中心に私が2年くらい旅していた時、パリのご自宅に2ヶ月居候していたのです。そのとき花ちゃんは中学生でした。いまは、二人ともけっこう歳です。
詩人の谷川俊太郎さんが遊びに来たり、夜遅くまで堀内さんととても興味深い雑談をしてました。ちょうど、堀内さんが、「こすずめのぼうけん」や「おやゆびチーちゃん」の絵を描いていた頃で、指輪物語の訳が出来るたびに、一巻一巻、瀬田貞二さんから本が届き、私はそれを読みふけっていました。
二人で、絵本業界「東西奇人変人番付」というのを作ったことを覚えています。良い意味、褒める意味での奇人変人で、出身地で東西に分けたのですが、西の横綱が丸木位里先生(原爆の図、ねずみじょうど)http://www.aya.or.jp/~marukimsn/、東が岸田衿子さん(かばくん他)でした。どうも西に奇人変人が偏る傾向があって、張り出し横綱に秋野不矩先生(うらしまたろう他)(http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/akinofuku/artist.htm)
東の大関に丸木俊先生(原爆の図、うみのがくたい他)が来て、なぜか、西の大関に堀内さんの強い要望で、私のオヤジが入りました。最近、この判断は正しかったかもしれない、と思い始めています。
今年も八月六日に、丸木美術館に行きました。
俊先生がなくなってもうずいぶん経ちますが、行くと姪の久子さんとジョージさんが居るので、丸木夫妻の思い出話にふけります。
その時、久子さんのほうから、堀内さんの展覧会行った?、と聞かれて、凄いよねえ、という話になりました。
大正時代からの日本のアートシーンが一人の人間を通して見えてきます。もちろん、堀内さんは大正時代は生まれていないのですが、その育ちが、すでにアートと関わってくるのです。そういう伝承の息づかいが感じられる、不思議な展覧会なのです。
雑誌アンアンのロゴも、ブルータスのロゴもみんな堀内さんが創っています。
ブルータス創刊の時に、ロサンゼルスにいた私に連絡が来て、誰かいいアーティストいませんか、と言われ、ロバート・ラニアンを紹介したこともありました。
(私が個人的に一番好きなのは、絵本の「七羽のからす」です。初期の作品ですが、絵が、子どもなのに大人、大人なのに子ども、なのです。それをセンス、と呼ぶのかな。ちょっと怖いくらい「世界」を感じます。)
そうそう、思えば、私が堀内さんのところに居候になっていた時に、俊先生と位里先生がアウシュビッツの取材に来られて、私をポーランドへ誘って下さったのです。
アウシュビッツの地下で尺八を吹いたのです。ああ、聴いてる、聴いてる、と俊先生がおっしゃいました。外は、雨が降っていて、砂利がきゅるきゅると音を立てて回っていました。
アウシュビッツと広島の原爆記念館はすべての人間に見てほしい、と思います。
アウシュビッツで見た、子どもの靴の山、を私はいまでも鮮明に覚えています。その一つ一つに履き主がいたのです。
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お知らせ。

今回の「シャクティ日本公演2009」のチラシとポスターは、画家の馬場敬一君がデザインしてくれました。私の「ドリームウォーク」という絵本を一緒に作った彼の個展が、8月12日から三鷹市芸術文化センターで始まります。
詳しくは馬場君のホームページhttp://www.babaart.net/を見て下さい。16日の最終日はディジュリドゥー奏者のKnob君とその友人たちの演奏もあり、私も裏方で手伝いに行きます。
シャクティ日本公演の舞台監督をしてもらう、Knob君主催の、ガイアシンフォニー(地球交響曲第六番)の上映会+演奏会+龍村監督の講演会が、8月15日に青山の東京ウィメンズプラザであります。
Knob君はじめ、今度のガイアで演奏している日本人たちが集まって演奏します。詳しくは、http://www.knob-knob.com/を見て下さい。これでも私は裏方で手伝いに行きます。
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2009 シャクティ再来日公演 決定!!!

ずいぶん、長くブログを書いていませんでした。

すみませんでした。

その間、シャクティ久我山応援団を中心に、今年の再来日公演を夢見て計画を練っていたのです。春先にシスターが少し体調を崩されたりしたこともあり、心配しましたが、ようやく発表出来る段階までこぎ着けました。久我山応援団の山田順子会長、小松純子副会長、そして家内の洋子さん、ロード・プロモーションの井上社長、内山さん、島田さん、ありがとうございました。よろしくお願いいたします。
この企画はボランティアの集まりで形作られていて、苦労が多いと思いますが、参加した人たちの喜びになりますように!
今回の公演を成功させるべく、シャクティ応援団「若者組」が組織されました。
まだ、五人くらいですが、そのうち若者組のホームページやブログが出来るといいですね。最近の若者たちはインターネットに強いですから。
インドに興味を持っていたり、ボランティア活動を経験している人たちの集まりです。けっこう歳がいっている久我山応援団「年長組」には心強い味方です。
ツアーの内容は以下の通りです。
その他にも、レクチャーと踊りの会をいくつかの学校や大学で企画中です。
私たちシャクティ久我山応援団の地元にある杉並公会堂公演は、杉並区の後援をいただきました。ポスターが出来次第、500カ所近くある杉並区の掲示板に貼って歩こうと思っています。杉並区はインド好きの議員連盟があって、先日区役所にマハトマ・ガンジーの像が設置されました。
私は、20歳の時に初めて行った外国がインドで、その時にインドの詩人タゴールの作った大学があるサンチニケタンで、インド独立の立役者で親日家のチャンドラ・ボースの息子さん、ビシュ・ボースさんに会いました。もう80歳くらいになっていたビシュダは、静かにお茶を飲みながら、日本語を流暢に話されました。懐かしい想い出です。そうした様々な絆がつながって、今回のシャクティ来日があるのかもしれません。
荻窪で生まれた私にとって、杉並公会堂は、子どもの頃、つまり50年くらい前から知っている懐かしい会場です。最近はとても美しくなり、オーケストラなども定期的に公演をしている素晴らしい会場です。リハーサルを中学生に解放して特別授業をできないか、などと考えています。来週、杉並区の教育委員会の方に相談に行きます。
シスターやシャクティの踊り手たちと、同じ地球に同じ時間に生きていることを中学生たちが感じてくれればいいな、と思っています。
そうそう、今回の杉並公演でご尽力をいただいている方が、もう一人います。大熊区議会議員です。大熊さんは、私の富士見ヶ丘中学校時代の一年先輩で、ハンドボール部の主将、ゴールキーパーでした。私は野球部だったのですが、同級の熊谷君が大熊さんに厳しく鍛えられていた光景をいまでもよく覚えています。当時、大熊先輩は生徒会長もやっていました。中学校時代のつながりは、駆け引きや計算がなく、純粋で、その時代の絆がいまこうして蘇ってくると、とても新鮮です。いつでも、地元はそこにあった、ということをあらためて実感します。人生における「学校」の一番大切な役割りを感じます。
中学生や小学生に、シャクティを見せたい。シャクティの踊りには、魂や細胞に訴えかけて来る不思議なパワーがあって、それは子どもたちにもダイレクトに伝わるのです。
前回の来日で、熊谷のなでしこ保育園で踊ったとき、1歳児2歳児が40分見続けていました。「1歳児2歳児は別の場所で15分くらい」と計画していた門倉園長先生がびっくりなさっていました。園庭に裸足の踊り手たちが立てる砂ぼこりが、とてもリアルでかっこ良かった。
埼玉公演は、ちょっとした冒険です。埼玉は、私にとって第二の地元。
保育園幼稚園の同志たちと月に一回「親心を育む会」を熊谷のなでしこ保育園でやっていますし、月に2回教育委員会にも行きます。私立幼稚園連合会の平原会長とは、長いおつきあいです。
今回会場に決まった、蜷川幸雄さんが芸術監督をしているさいたま芸術劇場は、埼玉の演劇や音楽の拠点ともいうべき斬新で不思議な空間です。音楽ホールは残響が2秒くらいあって、とてもアコースティックな会場です。
当日は、全国生涯学習フェスティバル「まなびピア」の開会式がスーパーアリーナで行われ、私はそれに出席してから駆けつけることになります。
今回のツアーも前回同様、友人のディジュリドゥー奏者Knob君に舞台監督をお願いしてあるので、リハーサルは大丈夫です。幼稚園や保育園の園長先生たちも来てくれるのではないかと、期待しています。
シスターと踊り手たちに会いに来て下さい。
この情報を、ぜひネット上で広めて下さい。


10月30日 (金) 19時開演 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール 

さいたま市中央区上峰3-15. TEL, 048-858-5500

入場料2,500円(全席指定)


10月31日 (土) 19時開演 東京ウィメンズプラザ

東京都渋谷区神宮前5-53-67 TEL 03-5467-1711()

入場料3,000円(全席指定)


2009年11月2日(月)1830開演 千葉市蘇我勤労市民プラザ?

千葉県千葉市中央区今井1-14-2 TEL 043-266-5504?? FAX 043-268-8934

入場料2,000円(全席自由)


11月3日 (火) 19時開演 杉並公会堂 大ホール

東京都杉並区上荻1-23-15. TEL:03-3220-0401

入場料3,000円(全席指定)


お問い合わせ/ロード・プロモーション TEL 043-293-2828 mail@roadpromotion.net

http://www.roadpromotion.net http://Sakthi.luci.jp


8月25日より 電子チケットぴあ pia.jp/t 0570-02-9999にて発売開始

Pコード】 397950


追伸:もうすぐ刷り上がる今回のチラシとポスターは、画家の馬場敬一君がデザインしてくれました。私の「ドリームウォーク」という絵本を一緒に作った彼の個展が、8月12日から三鷹市芸術文化センターで始まります。

詳しくは馬場君のホームページhttp://www.babaart.net/を見て下さい。16日の最終日はKnob君とその友人たちの演奏もあり、私も裏方で手伝いに行きます。ボランティア返し、の習慣です。
追伸2:シャクティ日本公演の舞台監督をしてもらう、Knob君主催の、ガイアシンフォニー(地球交響曲第六番)の上映会+演奏会+龍村監督の講演会が、8月15日に青山の東京ウィメンズプラザであります。Knob君はじめ、今度のガイアで演奏している日本人たちが演奏します。詳しくは、http://www.knob-knob.com/を見て下さい。これでも私は裏方で手伝いに行きます。ボランティア返しの伝統です。