父親からの手紙/市場原理

2012年7月15日

保育はサービス産業ではない

  新聞にいまの参議院を通るかもしれない、あぶないなあ、と思う法案が載っていました。消費税を通すための三党合意の中で、駆け引きに使われたのでしょうか。株式会社が認可保育園の条件を満たし、その地域に待機児童がいれば自治体は株式会社の認可申請を受理しなければならない、という法案でした。

 当たり前だろう、と事情を知らない人は思うかもしれないこの法案の裏側に、いまの保育界を根底から揺さぶる、ひょっとするとこの国の「保育」「子育て」の概念を変えてしまうかもしれないせめぎ合いが見えます。

 現在ある認可保育所の国基準は、心ある園長たちが「最低基準」と呼んでいる「最低」のもの。たとえば、保育士は三人に二人が資格を持っていればいい、というのが国基準ですが、多くの自治体で「11時間開所を可能にするために必要な2時間3時間のパートを除けば,基本的に全員資格を持っていること」を基準にしています。(東京都は逆に認証保育所という新たな仕組みを作り、三人に一人資格を持っていればいい、としています。)乳幼児に関しては国基準以上の保育士の加配を自治体主導で行っているところがまだたくさんあります。現場からの「いまの基準でもまだまだ足りない」という声に耳を傾けてきたからです。

 加えて、法的に参入が可能な株式会社には確かに理不尽で不公平かもしれませんが、保育はなるべく社会福祉法人でと暗に決めている自治体もあります。これは、株式会社が入ってくると、親をサービスの相手、お客さんと考えることで、積極的に長時間預かったり、夕食を出したり、長い目で見ると子どもの幸せにはつながりそうもない市場原理がはたらくことを恐れているからです。そうした「保育・子育て」をめぐる意思表示も自治体に認可の権限があったからできました。これが取り払われると保育界における市場原理の参入を食い止めるのは、もはや市場原理しかない、ということになってくる。ちょっとややこしいことを言いましたが、なるべくわかりやすく説明してみます。

 大学や専門学校の保育科で軒並み定員割れが起こっていて、幼稚園も含めてここまで保育者が足りない状況が蔓延している中、いま市場原理において勝ち負けを決めるのは、「保育者を確保した方が勝つ」という保育者の獲得競争です。すでに株式会社系はヘッドスタートしていて派遣会社もラジオに宣伝を打っています。学校ごとに急激な青田刈りが行われています。

 保育園でハローワークに一人求人を出せば応募はゼロ、次の日に派遣会社から「うちから雇いませんか?」という電話がかかってくる、それが歪んだ現状なのです。保育はただ預かっていればいいという託児ではない。小学校の先生が半年ごとに変わる派遣会社の職員だったら社会問題になるはず。乳幼児期に子どもが育つ環境が、将来のこの国の経済や安心感を支えるのだということはちょっと考えればわかるはず。派遣や短時間のパートで回していく保育では将来この国を支えきれないのです。

 確かにいままでの保育界は、社会福祉法人という一つの利権の上にあぐらをかいていた側面がありました。だからこそ、「子ども・子育て新システム」の議論の中で保育界が一体になれなかった。子どもの生活が第一と、考えれば幼稚園の団体と保育園の団体が一体になって反対することだって出来たはず。いま保育が市場原理に取り込まれようとしている時に、保育界が先頭に立って「子どものため」「子ども優先」と言わなければいけないのに、それができていないのは保育界が保育業界でもあった証でもあります。だから私もいまのままでいい、とは思いません。しかし、いまこの時点で、保育へのビジネスの参入を許すのであれば、「待機児童は、購買意欲を煽るように、意図的に増やすことができる」ということ。そしてもう一つ、「幼児とつきあうことで、人間社会にモラル・秩序、絆が生まれる。一緒に育てることが夫婦、そして社会に信頼関係を生む」この2点だけはしっかり肝に銘じておいてほしいと思うのです。

 子育ての社会化は男女間の信頼関係を希薄にし、真の意味での男女共同参画社会を崩してゆきます。

 人間は一人では生きられない、というメッセージを幼児たちからもらい続けることが人間という種の進化の根幹にあったのです。

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 幼稚園のキモチ(子どもの居場所新事情)という新聞記事の見出しに「共働きも(幼稚園に)預けたい国に」「教育も保育も進化型続々」「教育の場、なお変革に壁」といった言葉が踊ります。いまの保育・教育、子どもたちを囲む現状を考えると、30年前に比べ良くなっているとは思えません。「進化」「変革」という言葉が、実は子ども主体から親主体、心主体から経済主体の道を進んでいることは「預けたい国に」という見出しに現れています。それがいかに不自然かということになぜ気づかないのか。

ーーーーーーーーーー父親からの手紙ーーーーーーーーーーー

松居様

昨日、講演を聞いた者です。

何か、表現し難いものに興奮し、また感動し、寝付けずにいます。

結論から言えば。

子供を持ち、親になったことで得られたことがあると強く感じます。

今年35歳になりますが、まだ独身でいる友達が両手に余ります。

正に非論理的盛りの2歳児を育てながら、今、ここに、幸せが手の中にあるような、、、

目に見えない形のないものを実感しています。

独身の頃には、時間もお金も好きなように使えて(自由にとは言いませんが)、それが結婚したら。

この時代の夫は、家事を手伝い、小遣いは十分の一、

輪を掛けて休みの日には子供の面倒を見なくては、しなくてはならない。

子供が生まれて1年半で、10キロ吸い取られるように痩せました。

この話をすると、現在50代のお父さんたちは、「時代が違う」と後悔か懺悔かをにじませ言います。

それでも、この不自由の中にも確かに幸せを感じられました。

先生のような悟りや確信を得られた訳ではありませんが。

一番強く思ったのは、「俺もこうだったのかな」と。

長年父親に対して様々な思いを感じたことが浄化したような。

俺の親父も、こうやっておむつを替えて、チンチンに付いたうんこを拭いてくれてたのかなと。

刺し違えてでも母と妹を守る、とさえ思ったことのある親父のことを、自分勝手に理解し合えたような、不思議な満ちた感覚を得ました。

何か大きなものをもらった時に、自分も何か言い返したいというか、訴えたいというか、言いたいことを言っている人は、エネルギーに満ちているし、若く見える。先生もそんな感じでした。

そんなまとまらないお礼を言いたいと思ってメールしました。

p.s. 仕事が多少忙しいですが、9月に一日保育します。

ーーーーーーーーー保育士からの手紙ーーーーーーーーーー

 松居先生、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか?

 6月18日より、1日保育士体験を始めました。まだ、3人の方の実施ですが、その方々のご意見は、まさに先生がおっしゃっていたとおりでした。

 どのかたにも、5歳児の子どもに読み聞かせをしてもらっていますが、それも大好評です。保育士も体験の保護者が来られると、嬉しいですし、子ども達は大喜びです。先日、理事が様子を見に来られました。(先生とお食事をご一緒したときに先生の向かいに座られた華奢な方です)市をあげて実施する方向へもって行きたいと後押ししてくださっています。

 そこで、先生にご相談なのですが、公立保育所の職員対象で研修をお願い出来ないでしょうか?そして、誠に情けないのですが、交通費が出ませんので、先生が西日本方面へ来られるような時に、西宮に寄っていただけるようなスケジュールの時はありませんでしょうか?いつもいつも、無理を言ってすみません。また、お返事を待っています。よろしくお願いいたします。

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 去年の11月のフジテレビ朝の番組で、主に0歳児の保育園における過密状態の報道がされていました。

 番組が、100名の保育士たちに意見を聴こうとしたところ、1200名から回答があったと言うのです。ここに、現場の状況を一番良く知る保育士たちの叫びがあります。それを聴いてほしい。自分で、言葉で話すことができない子どもたちに毎日接している保育士たちの叫びは、子どもたちの叫びでもあるのです。過密は噛み付きにつながる状況もちゃんと語られていました。

 最後に女性のコメンテーターが「若い母親たちはそれでも頑張っている」と言って、まとめられてしまいましたが、子どものために一生懸命発言してくれるのは結局保育士たちだけのようです。

 ある大臣は「子育ては専門家に任せとけばいいのよ」と言う。そして、「あなたたちが365日保育園を開けとかないから、女性が働けないのよ」と保育団体の理事に向かって言うのです。

 ある役人は「閣議決定されたらしかたないでしょう。内閣を選んだのは国民じゃないですか」と私に言うのです。

 起業家は「市場原理を導入すればサービスは向上する。保育所で夕食を出せばいいのに、役所がそれを止めようとする」と文句を言います。この場合のサービスは、親に対するサービスです。夕食は、出せばいいというものではない。わかちあう、食卓を囲む、料理をする、待ち望む、様々な行為が人間関係を育てるためにあるのです。

 サービス産業として保育に目をつけ、ビジネスを始めた創業者が新聞のインタビューに答えて言います。一年目は保育士の離職率が5割だったのを2割にまで減らしました、と自慢げです。株主や経営者の心を持ったひとたちは、それはなかなか良くやったと思うのでしょう。しかし、保育の現場を知るひとたちは思うのです。「離職率が5割だった時も、子どもたちは一生に一回きりの大切な一年をそこで過ごしていたんだ」。5割の保育士が子どもを置いて離職する環境、それがどういうものなのか、親たちは、知らずに「頑張って」いたのでしょうか。

 未満児は報告が出来ない。保育は見えない部分に存在するのです。想像するしかないのです。

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