伝承すべき物語がある

 

情報は知識ではない、体験が知識なのだ、とアインシュタインは言いました。

 

父は、絵本を作りながら同じことをいい続けた人でした。

その父が逝って、二週続けて、哲学者が父の言葉を「折々のことば」に取り上げてくれました。小さなコラムですが、朝日新聞の一面です。けっこう読んでいる人がいるのです。

 

 

 「赤ちゃんの幸せ」はみんなの願いですが、赤ちゃんの幸せは「お母さんの幸せ」にかかっているのです。

                                     松居 直

(「ことば」を見つけていただいた、鷲田清一さんの言葉)

 うちの子はみな自分で本を読めるようになってもなお読んでもらいたがったと、児童書の編集者は言う。母親のおなかの中にいる時からずっとその声を聴いてきた。子どもは「この声と、この鼓動が聞こえていれば大丈夫」と安心する。だからお母さんの声に潤いが満ちるようみなで支えることが大事だと。『絵本は心のへその緒』から。

(2022.11.18)

 

絵本から得る「情報」も大事ですが、読んでもらう「体験」の中に、生きていくために必要な遺伝子レベルの「知識」の交換、伝承すべき物語があるのでしょう。

それを確かにするために、

絵の動かない、音を発しない、誰かに語られる「絵本」が、象徴的な役割を果たす、父は、そう信じた人でした。人間が人形をつくったり、楽器を奏でたりするのと同じです。

絵は、想像力の中で動き、心の中で、音さえも聴こえてくる。だからこそ、毎回ちがう体験になるのです。

言葉は、温もりと魂を得て、その時の臨場感は次元を行き来する。それが、いつか回帰できる、真の知識になっていく。

そんな感じでしょうか。

 

「母親の声に潤いが満ちるように」と、絆の広がる方向が定まれば、絵本の働きは、いま急速に私たちが失いつつある、だからこそ取り戻さなければいけない、利他の「営み」となってよみがえってくる。

毎月、親子で心待ちにする「月刊絵本」が大切なのだと言っていました。

一緒に待つ、という習慣が、すでに人生の土台をつくる「体験」です。月刊ですから、選択肢がない。

親は子を選べない、子は親を選べない、のとちょっと似ています。人生は、しばしば、選択肢のないものを一緒に待ち、流れに身を委ねて、幸福感につなげていく。

信じること、願うことが土台になっていく。

 

 

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く③保育者の資質

「折々のことば」に、父の言葉が紹介されました。

今朝の朝日新聞、「折々のことば」に父の言葉が載った。

子どもが「本を読んで!」というのは「一緒にいて!」ということです。   松居 直

(紹介いただいた鷲田清一さんの言葉)

絵本を読み終えても「もう一回読んで」と言う。読んであげても心はお留守になっている。なのに読み終えるとまた「もっと」と言う。母親の気持ちが自分だけに向けられているというシチュエーションがきっと心地いいのだろう。子どもは「作者の名前は覚えていなくても、誰に読んでもらったかは、覚えているもの」だと、児童書の編集者は言う。『絵本は心のへその緒』から。

(2022.11.17)

今、親父が逝ってしまったからかもしれません。親子でこのコラムに載ったことがとても嬉しいのです。親父が笑っているのが見えるのです。

 

ーーーーーーーー(以前、書いた文章です。)ーーーーーーーーー

著書「なぜわたしたちは0歳児を授かるのか」に書いた私の言葉が、朝日新聞の「折々のことば」というコラムに紹介されました。

高名な哲学者に、いい言葉を指摘していただきました。

「赤ん坊が泣いていれば、その声を聞いた人の『責任』です。」:松居 和

媚(こ)びる、おもねるといった技巧を赤ん坊は知らない。いつも「信じきり、頼りきり」。それが大人に自分の中の無垢(むく)を思い出させる。昔は、赤ん坊が泣けば誰の子であれ、あやし、抱き上げた。未知の大人であっても、泣く声を聞けば自分にもその責任があると感じた。そこに安心な暮らしの原点があったと音楽家・映画制作者はいう。『なぜわたしたちは0歳児を授かるのか』から。(鷲田清一

(2018.12.15)

渡辺京二著「逝きし世の面影」を読み、書いた言葉です。(江戸が明治に変わる頃、来日した欧米人がこの国の個性に驚き、文献に書き残したものをたくさん集めた本です。)欧米人たちが時空を越えて私たちに「ほんとうの日本」を伝えようとする意図、人間のコミュニケーション能力の不思議さ、動機を感じます。

第10章:子どもの楽園、にこんな風に書いてあります。

『私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。(モース)』

英国の紀行作家イザベラ・バードは、

『私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ』と書きます。

江戸は玩具屋が世界一多い街、大人も子どもと遊んでいる。朝、男たちが集まり赤ん坊を抱いて自慢しあっている。日本の子どもは父親の肩車を降りない。日本人は子どもを叱ったり、罰したりしない。教育しない。ただ大切にしているだけで、いい子が育ってしまう。そして、江戸という街では赤ん坊の泣き声がしない、と言うのです。

赤ん坊が泣いていたら、そこにいる人が「自分の責任だ」と思う。それが、人間が調和し、安心して暮らしていく原点です。その責任を感じたとき、人間は、自分の価値に気づく。

新聞のコラムを読んだ奈良の竹村寿美子先生(私の第一師匠。元真美ケ丘保育所長)からメールが来ました。

 「以前、心の清らかな人が保育園へ来て、子どものなき声を聞いて『あっ、誰かが泣いている!どこ?どこ?』と慌ててうろうろされたことがあった。なき声に慣れていた私たちは反省しきりでした。ありがとうございます!

(追伸)

 その人は少し障害を持っていらっしゃる方でした。保育士たちと心が洗われた気になりました」

(ここから私です。)

仕組みによる子育てが広がると社会全体が「子どもの泣き声」に鈍感になる。竹村先生はそれを言いたかったのです。人類に必要な感性が薄れていく。そして「心の清らかな人」の存在が一番輝く時に、その存在に気付かなくなってくるのです。

保育に心を込め、人生を捧げてきたひとの自戒の念がそこにあります。

しかし、そういう現場の自戒を無視するように、保育施策が進んでいきます。これほど仕組みが壊されても、乳幼児を40万人保育園で預かれば、「女性が輝く」と首相が国会で言ったことの検証を、誰もしない。

「ママがいい!」という本を書きました。https://good-books.co.jp/books/2590/  

「ママがいい!」という叫びを聴いたら、それは聴いた人の責任です。聞き流したり、理屈をつけてその響きに慣れてしまうと、人間社会を支えていた「絆」が薄れ、社会は混沌としてくる。

いま、幼児という弱者の扱いが国中で粗雑になっている。それを知って欲しいという思いで書きました。

子どもの貧困などあり得ない。大人たちの「絆」の貧困が広がっているだけ。

政府(野党も含め)が、待機児童という言葉を使ってこれだけ積極的に乳幼児期の親子の分離を進めれば、社会全体に優しさや忍耐力が欠けていく。絆の中心にあった幼児の姿が見えなくなって、責任の所在が曖昧になって、一層弱者が追い込まれるということなのです。それがすでに学級崩壊や不登校児の急増などに見えているから、幼児たちの役割を思い出してほしい。そうしたことを、わかりやすく書きました。

 

 

 

父、松居直が逝って、一週間たちました

父、松居直が逝って、一週間たちました。たくさんのメッセージをいただきました。心のこもった、自分の人生と重ねた「お礼」がたくさん届きます。

 

 

松居さんの絵本は、子どもの時にお母さんに沢山読んでもらい、僕の感性をくすぐるとても大好きな絵本でした😊

もちろん僕の子ども達にも沢山読んであげ、その感性は次の世代にも受け継がれています❤️‍🔥

松居直さん、子ども時代の僕に、とても素敵な感性を与えてくれて、どうもありがとうございました🙇‍♂️

 

お父様のご冥福を心からお祈りいたします。

ほんとに、ほんとに、お父様の作られたご本に心を作っていただきました。

福音館の編集者の方がやっていらした家庭文庫に母が連れて行ってくれたのが幼稚園の時。そこから全てが始まったような気がします。

きっと私みたいな、お父様に心を作ってもらった隠し子(?)が沢山いますね、全国に。

ご家族が亡くなられるのは、一大事です。

どうぞ、お疲れが出ませんように。

 

(ここから私です)

絵本は親子(人間)が出会う場所、と言い続けた人でした。絵本が語られた時、それは、作家の言葉ではない。読んだ人の言葉になる、と教えた人でした。

父と私は、東洋英和の保育科で、教え子が重なっている時があって、その人たちの幾人かが、授業中に、父に絵本を読んでもらったことをお悔やみのメッセージに書いてくるのです。

授業とか、学問とか、勉強ではなく、親父に絵本を読んでもらったこと、その体験を一番よく覚えているのです。

式の時に牧師さんが教えてくれました。

ある時会話の中で、子ども向けの映像媒体に話題が移ったとき、父の顔が一瞬暗くなって、しばらく黙っていたあと、「イエス様は、本を書きませんでした」と、言ったのだそうです。

その言葉の意味を、ずっと考えています。

父は、「はじめに言葉あり」という聖書の教えが大好きでした。

私は、「0歳児との、言葉を解さない会話が、人間を祈りの次元に導く」と言ってきました。

父は結構、私の本を読むのが好きでした。ある時、「思想家なんだよ」と言ってくれました。

やはり、大切なのは、体験なんですね、人間対人間の。

学問とか、教育ではなく、体験なんです。そこが欠けてくることが心配だ、という思いが、「イエス様は、本を書きませんでした」というつぶやきになったのだと思います。

 

編集者の松居直さんが死去 戦後児童文学の発展に貢献

https://news.yahoo.co.jp/articles/c76ac82762ec39354137175c8b498f2a06370ffc

 

親父が逝った。

親父が逝った。

親父らしい、 オヤジだった。

京都の人だった。

ばたばたと内輪で葬儀を済ませ、戻ってきて、いろいろ考えていたけど、あまり逝った感じがしない。受け継いているものの気配は自分の中にあるから、それをやっていけばいいのだと思った。

今朝、新聞を見て、妙に実感が湧いてしまった。

少し書いておこう、と思いました。

波乱はありましたが、充実した人生を送らせてもらったことに、親父は感謝しているはずです。

私の人生は、親父の仕事人生と平行線で、子どもの時から自然にそうでした。

何しろ、物心ついた頃、家に、今江祥智さんが下宿していました。その次が、薮内正幸さんで、動物の絵を描いてもらって小学校で配りました。(取っておけばよかった。何しろ、ネズミを描いて、と頼めば、さっさっさーと小さなのを一つ描いてくれます。)

花貝塚の丸木位里、俊先生の家の周りで矢じりや土器の破片を拾って夏休みの宿題にし、瀬田貞二さんと太田窪でうなぎを食べ、安野光雅先生は、私の小学校の工作の先生で、それがきっかけで親父にあったのですから、ちょっと、貢献しました。

田島征三さんの作るタンポポのお酒の味見を日の出村でして、丹波の田島征彦さんの家で宅間さんと日向ぼっこをして、エンデさんがうちに来て、ラマチャンドラン氏が、緊急避難でインドへ呼んでくれて、秋野不矩さんとちょっとインドを旅して、堀内誠一さんのパリのうちにちょっと長く居候をして、二人で、絵本関係者東西奇人変人番付、というのを作りました。谷川俊太郎さんがそこへ遊びに来て、俊先生に誘われてアウシュビッツで尺八を吹いて、ロサンゼルスでは、八島太郎さんの句会に入って、あああ、思い出せばキリがない。

その大元に、親父とお袋が居る。

その感覚は、ずっと続くから、そう思うと嬉しい感じがします。

ありがとうございました。     和

(いつか、しっかり書きますね。)

 

「たよりにならない人」の存在意義

 

講演で話したあと、私の好きな園長先生を交えて、数人の母親たちと、お茶を飲みながら懇談していた時のことです。

学童保育の人、療養士の人、仕事に復帰したばかりで疲れてしまった母親、園庭にときどき目をやりながら、みんなで漠然と、考えます。

その母親の疲れと涙がどこから来たのか、見極めようとします。こういう疲れと涙は、普通、その人の子どもが要求していること、なのです。

茫然としながらも、親身な会話が続きます。

療養士の人が突然思いついたように話し始めます。

「子どもが病気がちで、頻繁に保育園から職場に『迎えに来て下さい』と電話がかかる母親です」と自己紹介。そして笑顔で「たよりにならない人って、職場では呼ばれています。でもクビにならない。みんなわかってるから大丈夫」。

横で、園長が笑います。「迎えに来て下さい」と言っている本人です。

きっとその母親の、自然な、困ったような笑顔が同僚を安心させ、それが職場でも必要とされているのでしょう。

子ども思いであるがゆえに、「そのときはたよりにならない人」の事情や心情を受け入れ、助け合うのが人間社会だったはず。病気がちの子どもの気持ちを、みんなで思いやる、それが本当の「社会で子育て」です。

最近、「社会で子育て」と言いながら、それに反比例するように、親身な思いやりや、助け合いの幅がどんどん狭くなっている。福祉や教育、法律や政府が「社会」ではないのに、なぜか、みんな勘違いしている。

本当は、人間の想像力と許容量の中に、「社会」はあるのです。

そういうことをもっと学校で子どもたちに教えてほしい。道徳教育を義務教育に入れると言いつつ、一方では職場で「たよりにならない人」を問題視し、子どもが病気でも保育所で預かれるようにしようとする政府。これでは人間性という道徳の基本は育たない。「病気の子ども」の気持ちが、いつの間にか忘れ去られていく。

教育が、人間性が育つ機会を奪っているように最近感じる。

「まだ、たよりにならない人」(幼児)、そして、「もう、たよりにならない人」(老人)も含め、その時「たよりにならない人」が居るから、社会に人生の目標と喜びの芽が育つのです。

私は保育園のホールで、みんなに「職場では、たよりにならない人です」と笑顔で宣言する「子どもにはたよりになる母」の言葉を聴き、その人を見つめる他の母親たちの笑顔を眺めながら、この国は、まだ大丈夫かもしれない、と思いました。  🍀

 

以前新聞で読んだのですが、三年育休をとられたら職場復帰されても使い物にならない、と言う人がいたのです。ひどい言い方です。

その三年間で乳幼児たちが、この国にとって「本当にたよりになる人」になるかもしれない。乳幼児たちが、社会全体の「いい人間性」を育てているかもしれない。いつから、そういうことが見えなくなったのか。

親が子を思い、子が親を思うことが、実は社会全体を動かす「生きる力」の根底にあった。それさえも忘れている人たちがいるのです。

 

( #ママがいいより )

二〇一八年八月一日、第一生命研究所は、「出産退職による経済的損失が一・二兆円」とする試算を発表した。出生数九四・六万人のうち出産によって退職した人二十万人の経済的損失を計算したものだ。

母親が産まれたばかりの我が子と暮らしたい、子どもが母親といたい本能ともいえる願いを「損失」と計算し発表する人たちの意図には、人間性が欠けている。幼児の笑顔が、欲のエネルギーの対極にあることを恐れているのかもしれない。

こんな連中が定義する「総活躍」のために、「受け皿」が整備される。

児童福祉法(改正児童福祉法)第二条に、「全て国民は、児童が良好な環境において生まれ、かつ、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努める」とあるのです。

「全て国民は」で始まる条例を、まず政治家たちが守ってほしい。政治家も国民であるはず。幼児たちが「ママがいい!」と言ったら、その意見を尊重し、発達の程度に応じて「最善の利益を優先」してほしい。それができない限り、「総活躍」などあり得ない。