LD王子講演会の映像/不特定多数の「誘拐犯」に語りかけるCM

 LD王子溝井英一朗君の講演会で再会した教え子からメッセージと、YouTubeにアップされた英一朗君の講演会の映像アドレスが届きました。学校の先生たちにぜひ聴いていただきたい、LD児本人からのメッセージです。

 

柳下さんからのメール

「音のない一日。学生時代の教本とその続本を読みます。あの頃の@kazu_matsui先生の授業「深夜のメッセージ」は何を意味していたのか今ならしっかり理解できます。」

「下記、先日の講演を溝井さんがFBにアップしたものです。」

http://www.youtube.com/watch?v=MwpnGfD04FE&feature=youtube_gdata

http://www.youtube.com/watch?v=FuD_sIPhgEM

http://www.youtube.com/watch?v=-YDCGkQQMx4&feature=youtube_gdata

http://www.youtube.com/watch?v=ekPd-HnW3ws&feature=youtube_gdata

http://www.youtube.com/watch?v=DOjGhk7etgo&feature=youtube_gdata

http://www.youtube.com/watch?v=Tufz-T2jFok&feature=youtube_gdata

「海を渡ったLD王子?」溝井英一朗13.1.10

——————深夜のメッセージ–——————

 「深夜のメッセージ」ずいぶん昔のことですが、思いだしました。私の二冊目の本「子育てのゆくえ」(エイデル研究所)か、一冊目の本(「親心の喪失」として再販)に書いた文章だったと思います。柳下さんが受けていた保育科の授業で使ったのです。

 25年前でしょうか、アメリカに住んでいて、東洋英和の保育科の授業に毎週ではありませんが、通っていたのだと思います。当時、ロサンゼルスで、深夜、奇妙なコマーシャルがテレビから流れてきました。不特定多数の「誘拐犯」に語りかけるCMでした。

 「もし、あなたが子どもを誘拐してしまったなら、この電話番号に連絡して下さい。警察には届けません。相談にのります」というコマーシャルでした。

 こんなメッセージが深夜テレビから流れてくる社会がある、数字から見る現実とは違った驚きがありました。アメリカという社会を象徴している、と思って本にも書いたのです。一年間に誘拐される子どもの数が10万人と言われ、その多くが親による誘拐。養育権を失った親が、自分の子どもを取り返すために誘拐する、というケースでした。親による誘拐とはいえ、れっきとした犯罪です。捕まったら刑務所行きです、逃げる方も必死です。州を越えた犯罪は連邦警察(FBI)しか捜査できない状況で、誘拐された方の親の9割が子どもと二度と会えないのが現実でした。身代金を求めての誘拐なら、子どもが見つかる可能性が高い。しかし、家族を求めての誘拐はほとんど解決できない。実際は、親による誘拐かどうかも判断できないのです。年に10万人の親が、子どもを一生涯失う、それがアメリカの現実でした。そして、子を失った親たちの悲痛な願いが、CMという形で深夜、流れてきたのです。

 その頃、アメリカで幼稚園に子どもを行かせると、必ず「子どもの指紋を登録しておきますか?」と園から聴かれました。誘拐され、何年もたって姿や顔つきが変わってしまってから見つかった時に確認するための手段です。それもまたアメリカの現実でした。

 当時、アメリカの全人口の150人に一人が刑務所の中に居たのが、今では100人に一人、子どもを取り巻く状況は決して良くはなってはいないはずです。

 私の教え子は、学生のころ、その状況にリアリティーを感じなかったのでしょう。でも、20年後、日本で幼稚園教諭や発達障害児の支援をしながら、『「深夜のメッセージ」は何を意味していたのか今ならしっかり理解できます。』と書いてきたのです。

 最新刊「なぜわたしたちは0才児を授かるのか」(国書刊行会)では、渡米してすぐの頃、私がアメリカという国の入口で出会ったエピソードについて書きました。当時小学校の五年生だった従姉妹の誠子に、ある日、「学校ではどんなことを友だちと話すの?」と聞いたのです。すると、いまでは医者になっている利発な従姉妹は、「そうね、今度のお父さんは、とか、今度のお母さんは、という話が多いね」と言ったのです。

 小学五年生の子どもたちの日常の話題が、今度のお父さん、今度のお母さん、であって、その会話を大人たちが聴いていない。人類の根幹が揺らいでいる、しかし、人間はこういうことに慣れる。直感がありました。そして、先進国と言われるその国で、何が崩れようとしているのか、意識して観察するようになったのです。その会話の数年後に、「深夜のメッセージ」が加わり、家庭を崩壊させながらも、それにしがみつこうとする、人間たちの性を感じました。裁判所の中でおこる発砲事件は家庭裁判所が一番多い、ということを知りました。その数年後に「Nation in Crisis」(高卒の二割が読み書きができない。学校が機能しない。)というアメリカ政府が「国家の存続に関わる緊急かつ最重要問題」と定義した学校教育の危機が明るみになり、私は次の年、義務教育の普及が家庭崩壊を招き、家庭崩壊は義務教育の崩壊につながる、という図式についての本を書きました。

 (義務教育が悪いと言ったのではないのです。その存在自体が「子育て」を夫婦から奪うことによって、子どもが親と親たちの絆を育てることができなくなり、それが社会からモラルと秩序を奪うという、全ての欧米社会で起こったことを率直に書いたのです。)

 そして世紀末、「母子家庭に任せておくと犯罪が増えるから、政府が孤児院で育てよう」という『タレント・フェアクロス法案』の連邦議会提出が重なっていったのです。

 この法案に賛成し「孤児院と考えなければいい、24時間の保育所と考えればいい」と発言した当時の下院議長が、去年の大統領選で、破れはしましたが共和党の指名をロムニー氏と争ったギングリッジ氏です。教育と福祉、そして家庭は共存することが出来るのか。落としどころはあるのか。この私が米国で見たいくつかの象徴的な出来事を並べれば、先進国社会が一律進んでいる方向と結果の可能性はあるていど予測できるはずです。日本はちがった道を進んでほしい。その義務があるような気がします。人類全体のために、日本はちがった道を試行錯誤してほしい。そう言い続けて25年になりました。みなさん、どうぞ、よろしくお願いします。

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なぜわたしたちは0歳児を授かるのか-親心の幸福論

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民族楽器と祈り/Knob君のライブで演奏


 昨夜は六本木のスイートベージルで尺八を吹きました。http://www.youtube.com/watch?v=pp611Jj-M7s&feature=player_embedded#t=246

 ディジュリドゥーのKnob君のライブにゲストで参加しました。彼の姿勢が「音楽をする者」の原点なのかな、と時々思います。不思議な人物です。

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 ピアノの塩入さんから打ち合わせの時にCDピアソラ新基準 古川展生×塩入俊哉」をもらったのですが凄いです。ピアソラをチェロの凄い人とやっているのですが、素晴らしいのです。凝縮された空間で、間や余韻の向こうに広い空間を感じさせる、「焚き火があるから宇宙を感じる」、Knob君の「宇宙があるから焚き火が見える」世界とは対極にあって同機しているような、人間の感性、存在の幅を感じます。

 3月18日にスイートベージルでこの二人のライブがあります。絶対、お薦めです。

 パーカッションの楯さんは打楽器に加えて、アフリカのハープ、コラとか、ネーティブアメリカンの笛とか、カワリボーカルにも似た不思議な声とか、宇宙が共鳴する変なアンテナとか、使うのですが、次元が一気に広がって気分が楽になります。

 音楽的に考えなければ私もけっこう吹ける、と思いました。論理性から離れること、いま、民族楽器はその象徴かもしれません。頑張らなくては。

 民族楽器の持つ様々な形や異なった手触りからは、それぞれの楽器が進化してきた風土や文化の多様さ、それは言い換えれば人間の祈りと、その進化の過程の多様さなのですが、その長い年月を見渡し、感じることができます。

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 人間たちの歩んできた道筋や、歩みの速度の違いが、旋律やリズムを聴かずとも、民族楽器の姿や肌触りから、伝わってくる。楽器を見つめながら耳を澄ますと、石器の時代、青銅器の時代、鉄器の時代の心の合わせかたのちがいが聴こえてくるようです。

 民族楽器は、「祈り」をテーマに人類の道筋が収集された博物館のようです。

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教え子への手紙。

メールありがとうございました。

どんな小さな単位でも、親身になってくれる相談相手がいるかいないか、なのだと思います。

親子という最小単位がどのように存続してゆくか、それが土台で、そこが崩れてゆくと、どんなに対処しても追いつかないということに、アメリカを見て25年前に気づいたのだと思います。

それと、やはり乳幼児という特殊な存在の役割りを感性の領域で無意識のうちに意識しないと、社会全体に人間らしさが欠けてくる、ということかな。

システムを論じていると、知らぬ間にパワゲーム、マネーゲームという、子育てで育つ幸福論とは対極のエネルギーに巻き込まれてゆく。「指輪物語」などに出て来る闘いですね。

「指輪物語」のテーマは忠誠心なんですね。かなり非論理的ですが、意外とこのあたりに鍵があるんだと思います。

 渡辺京二著の「逝きし世の面影」という本があるのですが、読んだことありますか?

 この第十章に「子どもの楽園」という章があって、それはいまから150年くらい前の日本の姿なのですが、私はそこに、探していた社会をみつけました。ぜひ、読んでみてください。

最近、講演で配るレジメの最後にこんなことを書いています。

 子どもを産み育てることは、人間が宇宙から与えられた尊い仕事。それは宇宙との対話、自分自身を発見し、体験すること。人生の意味、はかなさを理解する道でもありました。自らの価値を知ることで、人間は納得します。

 もっと尊い仕事は、子どもが親たち(人間たち)を育てること。それは宇宙の動きそのものであり、自分自身を体現すること。一人では生きられないことを宣言し、絆の道を示すこと。

 親が子どもを育てることは、人間の本能と意思がそれをさせている。

 幼児が親を育てる風景は、宇宙の意思、姿がそこに現れる。


溝井英一朗君の「海を渡ったLD王子」講演会を聴いてきました。

 発達障害((AD/HD+?)を持った青年、溝井英一朗君が自らの障害体験を、小学校の時の不登校からカナダ留学まで、様々な経緯とともに熱く語る「海を渡ったLD王子」講演会を聴いて来ました。ご両親の溝井夫妻とは長くお付き合いさせていただいていて、誘われたのです。英一朗君の説得力、抜群でした。本人が説明するからこそ理解できる、発達障害の「感じ」。そして「苦労」。教師、必聴でした。

 でも、やっぱり溝井夫妻の温かさ、強さ、そして優しさかな、鍵は。
 特に、母は強し。
http://tulip.main.jp/news.htm


 「海を渡ったLD王子」講演のDVDをもらえることになっています。発達障害を理解すること、(まあ、人間は全員軽度の発達障害で、それを個性と呼ぶわけですが)それが教育現場にひろがっていかないと、信頼関係の希薄さが、ますます荒れた環境を教室に生み出していきます。ちょっともう限界に来ているような気もしますが、DVDを、まだ知人がたくさんいる埼玉県の教育委員会に持って行ってみようと思います

 英一朗君のアシストに尽力した発達障害支援アカンパニストの柳下記子さんが、私が東洋英和女学院の短大保育科で教えていたときの教え子だったことがランチの時に判明してお互いびっくり。久しぶりに、現場で奮闘している教え子と話をしました。二十年前の授業を褒めてもらい、かなり、かなり嬉しかったです。

 溝井夫妻に、講演開催のお祝いに、八島太郎さんの絵本「からすたろう」をプレゼントしました。気に入ってくださると良いのですが。
 八島さんはもうずいぶん前に亡くなった絵本作家、絵描きさんです。ロサンゼルスで私も俳句の会などに参加して、かなり長く交流のあった方です。日系人で初めてアカデミー賞を「砲艦サンパブロ」で受賞した俳優のマコさんのお父さん。マコさんとも、East,West Playersというアジア系アメリカ人の劇団の公演で、私が音楽を担当したりして交流がありました。
 「からすたろう」は、戦前の日本の田舎の学校のはなしですが、とても不思議な、いまならLDと呼ばれるのかな、という少年と素晴らしい教師のはなしです。アメリカと日本の両方で賞を受賞しています。好きな絵本です。他にも八島さんの絵本では「あまがさ」という作品があります。これもいいです。

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長田安司先生の本が幻冬舎から出版されました。

共励保育園の長田先生の本が幻冬舎から出ました。「「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの」。推薦の帯を書かせていただきました。すごい本だと思います。現場から、これほど子どもたちの幸せを願って、堂々と発言していただけると嬉しいです。
どんなに経済対策を学者や政治家が考えても、経済では計れない幸福論が抜けていては、やがてシステムは必ず行き詰まる。保育や教育というシステムだけでなく、人間社会という仕組みが根本から崩れてゆく。日本もあの曲がり角をまがるぎりぎりのところに来ています。
http://www.hanmoto.com/jpokinkan/card/card.php?isbn=9784779009297

親を育てるのは、子ども!

なぜ、いじめや幼児虐待に歯止めがかからないか。なぜ、社会は0歳児を親から引き離そうとするのか。この本を読んで、政治家もマスコミも、そしてあなたも、真剣に考えて欲しい。子育てが男女(夫婦)の信頼関係を育てないかぎり、社会で子育てなんて出来るわけがない。 

音楽家・元埼玉県教育委員長 松居和推薦!


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新年、明けましておめでとうございます。

不思議と、大切な年になりそうです。

どちらに動き始めるにしても、役割が果たせますように。
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 シャクティセンターのシスター・チャンドラとシスター・フェルシーからNew Year メッセージが着きました。元気そうです。一昨年作ったシャクティバスが法律が変わって時速30キロ以上で走れなくなって困っていたのですが、どうやら買い替えが出来るようです。平気で10時間もバスで旅するミッションです。時速30キロではとても無理。
 今年は、私も少し練習していることだし、インドの田舎を新しいシャクティバスで一緒に回ってみたいと思います。(インドではよくあることなのですが、バスはエンジンと骨組みを買い、車体は大工さん兼自動車屋さんが注文に応じて作ります。)
http://www.youtube.com/watch?v=YXk7xexQR8I

Dear loving Kazu San,

Wishes to Yoko San and Ryo san.

Thank you so much for Ryo’s photos.

Let us be grateful to God for all what had happened specially

think of His presence with us during this year 2012.

Let us begin the New Year with Love, Commitment, Support,

compassion, Honesty and Contentment.

Wishing you s very happy New Year!!!

Have a great year ahead!

Here things are going on well. We have booked for a new vehicle.

We may get it during the month of January.

When you come for the next time you will travel with us by the

new vehicle. We look for the day to come soon.

How are you. How is your health. Every one at Sakthi is wishing

you all a Happy New Year.

With much love

Srs Chandra and Felci


今年もありがとうございました。

 今年も暮れて行きます。いろいろありましたが、アッと言う間でした。
 お世話になった方々、ありがとうございました。
 話に耳を傾けてくれた方々、ありがとうございました。
 北海道から沖縄まで、熱い思いの方達と出会うことが出来ました。国会で話すことも出来ました
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=41883&media_type=fp

 いまインドで起こっている暴動、シスター・チャンドラが長い間闘ってきた問題が長い年月を経て、やっと国民運動になろうとしているのかもしれません。これは何かの始まりかもしれない。経済発展しても、核兵器を持っても、足元が揺れている。アラブの春以上の何かが起こるかもしれない。カーストの壁は警察の捜査の壁、裁判所における壁でもありました。性犯罪において、それは性的差別が加わった二重の壁になっていました。ダリット(不可触民)の保守的な母親が、小学校に娘を入れようとしないのも、娘を守ろうとする母の願いでもありました。何かあったら、娘の人生が壊されてしまう。母たちの子を守る必死な気持ちが、ダリットの少女たちが普通に教育を受けることの壁になっていたのです。
http://www.youtube.com/watch?v=dhRtB4DkDhk

 宗教を含む問題の根の深さは、生き方の問題であるだけに、計り知れないものがあります。
 最近、シャクティセンターでも頻繁に停電があり、コンピューターが思うように使えなくなっているようです。貧富の格差がますます広がっているようです。

 ひとはなぜ踊るのか。人生の営みは、それでも途切れることなく続きます。
http://www.youtube.com/watch?v=HQzmRCO_vTw

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 ミンダナオ島で「ミンダナオ子ども図書館」という児童養護施設をやっている兄が、一月四日の夜のテレビ番組、「こんなところに日本人がいた」テレビ東京で紹介されるみたいです。
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 今年は、「親心を育む会」著で、「一日保育士体験のすすめ」という本が大修館書店から出ました。「育む会」は毎月集まるようになって、もう4年になるのです。継続から生まれた結晶です。「一日保育士体験」もうこれしかない、という保育者たちの決意結論です。
 新年早々、共励保育園の長田先生の一冊目の本、
 「便利な保育園が奪う、本当はもっと大切なもの」
 が、幻冬社から出版されます。力作です。ここ20年間の保育施策が子どもの視点に立ってこなかった、という園長先生からの強烈なメッセージです。
 帯の推薦文を書かせていだだきました。毎週のように、様々な話題で先生と電話で話し合ったことを思いだします。もうすぐ5才になる長男は、私の電話が長いと、「長田せんせい?」と横から聞きます。

 ディジュリドウー奏者のKnob君に誘われて、新年1月11日にスイートベージルでKnob君のライブに2曲ゲスト出演します。久しぶりに練習しながら年を越します。



政権交代/そして、新内閣

 政権交代、新内閣、すべて人間のやることです。

 祈るような気持ち、そして、固唾をのんで見守っています。曲がり角をまがってしまう前の最後のチャンスかもしれない、と思ったりします。

 過去十年くらいの間に、個人的に話を聞いていただく機会があった人たちが5人内閣や役員に入っています。ですから、もう充分かもしれません。
 あとは、その人たちの判断と、選択と、意気込みに賭ける。そういうことなのでしょう。
 子育てが、人間社会に不可欠な「絆と信頼関係」の中心にあったこと。
 幼児と関わること、そして弱者と関わることが、社会に人間性を育んできたこと。優しさや責任感が幸福とつながることを教えてくれたこと。
 経済論ではなく、0才児との言葉の通じない不思議な会話が、何千年にも渡って人間の想像力と進む方向を決めてきたこと。その進む方向が土台の部分で実は経済そのものを支えてきたこと。
 自分のために頑張るよりも、誰かのために頑張る方が自然だということ。
 子育てに関わる施策がいま進んでゆく方向が、これから30年くらいの「日本の魂のインフラ」を左右する大事な要素、最重要問題です。その重要性がどれほど強く深く理解してもらえるか。いいところまで来ている、と思います。感謝です。
 社会(システム)が子育てを肩代わりすることの危険性、それによって保育も教育も成り立たなくなるということは、現場レベルではみな知っている。いくら引き締めを図っても、保育者、教師の「元気」「幸せ」がシステムの質なのです。そして、親との信頼関係、育てる者たち同士の信頼関係が、幼児の存在意義そのものなのです。
 どっちへ進んでも、それはこの国の運命でしょう。
 欧米諸国がみな進んで行った子育ての社会化と家庭崩壊への道。家庭崩壊というよりは、その定義の崩壊、という方が正しいかもしれませんが、日本が同じ道を選んだとしても、それほど不思議なことではありません。先進国社会の中で、これほどまだ子育てを実の親たちがやろうとしている国はないので、残念ではありますが、民主主義という仕組みの中で、日本人もそれを選択したのだとしたら仕方のないことだと思います。私の思考では及びもつかないところで、宇宙は動いているわけです。きっとこの選択にも意味があるはずです。
 民主主義は未完の実験ではありますが、私は好きです。この方法でなければ、究極の調和はないような気がします。
 私は仲間に勇気づけられながら、幼稚園・保育園を一つ一つ、園長・主任さんを一人一人、市長さん町長さん役人さんを説得し続ければいいのです。
 「人間を、ひとり一人幼児の集団に漬け込む場所」を増やしていけばいいのです。そして、祈り続ければいいのです。この国は、きっと大丈夫です。一歩、一歩。
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ゲスト出演のお知らせ。

 ディジュリドディジュリドゥー奏者のKnob君のライブにゲスト出演します。2、3曲?だと思いますが、よろしければいらして下さい。

 1月11日、PM7:30、六本木「スイートベージル」です。

 詳しくは、下記のページを御参照ください。

 http://www.knob-knob.com/2013111stb139.htm

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 一昨日、久しぶりに尺八の師匠の宮田耕八朗先生を訪ねました。お願いしていた「月の光りの神がアオタモの影の上をゆく」という曲の録音が見つかって、それをいただきに伺ったのです。師匠は75才になりますが変わらず、音楽、政治、世界情勢に関する会話が鋭く、楽しかったです。不肖の弟子ですが、弟子は弟子です。1月11日を目指して練習しています。

中学生の感想文、その2

 中学校から送られて来た感想文、繰り返し読んでいます。体育館であの人たちに囲まれた日、今年の一番の体験だったかもしれません。
 その日、以前より幼さを感じました。それは、まだ誰かを育てようとしている、幼児の本能によるものでしょう。誰に育てられているのかはっきりしない子どもたちが増え続けています。昔から、様々な理由で、そういう子が一割くらい居ても普通なのかもしれませんが、10年前、5年前、そして今年と、中学生たちの雰囲気が明らかに違ってきています。
 感想文には深刻な相談事がいくつか混じっていました。
 そして、いま生きている、私の記憶のずいぶん深いところにしまってある、あの懐かしい真剣な時間がよみがえってくる言葉から現在の私自身が見えてくるようでした。
 理性と感性が同居していて、しかし、まだ感性が理性に負けていない、直感の確かさを感じます。眩しい人たちです。
 そして、私は、実はこんなことまで言っていたんだ、と感想文を読んで教えられます。
 私の言葉はたぶん園長先生やシスターや本や自然や先生や、人生で出会った誰かから学んだこと。私は、伝令役、通訳、翻訳者なんだな、と思いました。
ーー「親になる幸せ」松居和さんの話をきいて〜感想〜ーー

 「私は、幼い子は苦手なので、今まで幼い子と関わらないようにしてきました。けれど、今日の話を聞いて、積極的に幼い子と関わろうと思いました。」

 「幸せは人によって違うけれども、幸せを見失った時、幼い子どもの幸せを眺めているだけで、幸せを得られる。その幸せこそが最高級の幸せであり、その幸せを感じられることもまた幸せである。
 今、まさに幸せの形を追い求め始めていたので、とても参考になりました。今日のお話しで、今の自分に少し自信が持てました。少し、がんばってみようと思いました。」
 
 「僕は、今回の話を聞いて、幸せとはどういう物かっていう、自分のものの見方が変わりました。幸せは、人生の中で、どれだけ成功できるかとか、作り出していくものではなくて、その今生きている人生に幸せを生み出す=ものの見方を変えていくことでつかみとるものなんだなと思いました。その、ものの見方は幼稚園、保育園児に学ぶものであったり、他にもいろいろな人から学ぶこと、いろいろな物から学ぶことであると思うので、しっかりと自分とかを見つめ直して、初心を忘れないようにできたらな、と思いました。」
 「自分の考えを変えれば、なにかが変わるんじゃないかな、と改めてわかりました。」
 「僕ははじめは、話をきいて、とても難しいはなしでよく分かりませんでした。でも、せっかく講演会を開いていただき、意味も分からないままでは、もったいないと思って、一生懸命話をきいていたら、だんだん松居さんのはなしの意味がわかるようになっていきました。マサイ族が一人で立っている草原をイメージして集中していると、30秒でピタッと泣きやんだ、なんてはなしは、普通にきいていたらきっと信じませんが、松居さんが話しているのをきくと、すごく気持ちがこもっている話で『本当なんだろうな』』と思うことができました。
 今日の講演会では、松居さんの気持ちのすごくこもったいい話をききました。家に帰ったら親におしえてあげたいです。自分が大人になって子どもを持つようになったら、この話を思いだして、子どもといっしょに”立派な人間”になっていきたいです。今日の講演会はとても自分のためになったと本当に思います。
 小さな子どもと遊ぶときなどに、今日の話を思いだして、やさしく対応してあげたいです。」
 「今日、松居先生の話を聞いて心にのこったことは、園長先生がうさぎになってくださいと言ったとたん、お父さんたちがうさぎになったことです。園長先生は、お父さんたちをうさぎに変えることができてすごいし、お父さんたちは子どものために、はずかしがらずにうさぎになるのもすごいと思いました。ぼくは、この話を聞いて、弟がほしくなりました。」
 「私は、『親になる幸せ』を聞いて、不思議な気持ちになり、同時に、早く大人になって子どもを産んでみたくなりました。私が今生きている。それだけで周りの人たちが笑ってくれる。それだけで幸せだと思いました。」
 「ぼくの妹はダウン症候群で、上手く話せません。いろいろ困ることがありますが、ぼくは妹がいてとてもよかったと思いました。」
 「ぼくは、親に幸せをあたえていると聞いて、安心しました。僕もはやく親になって、子どもから幸せを受けてみたいです。」
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