教え子への手紙。

メールありがとうございました。

どんな小さな単位でも、親身になってくれる相談相手がいるかいないか、なのだと思います。

親子という最小単位がどのように存続してゆくか、それが土台で、そこが崩れてゆくと、どんなに対処しても追いつかないということに、アメリカを見て25年前に気づいたのだと思います。

それと、やはり乳幼児という特殊な存在の役割りを感性の領域で無意識のうちに意識しないと、社会全体に人間らしさが欠けてくる、ということかな。

システムを論じていると、知らぬ間にパワゲーム、マネーゲームという、子育てで育つ幸福論とは対極のエネルギーに巻き込まれてゆく。「指輪物語」などに出て来る闘いですね。

「指輪物語」のテーマは忠誠心なんですね。かなり非論理的ですが、意外とこのあたりに鍵があるんだと思います。

 渡辺京二著の「逝きし世の面影」という本があるのですが、読んだことありますか?

 この第十章に「子どもの楽園」という章があって、それはいまから150年くらい前の日本の姿なのですが、私はそこに、探していた社会をみつけました。ぜひ、読んでみてください。

最近、講演で配るレジメの最後にこんなことを書いています。

 子どもを産み育てることは、人間が宇宙から与えられた尊い仕事。それは宇宙との対話、自分自身を発見し、体験すること。人生の意味、はかなさを理解する道でもありました。自らの価値を知ることで、人間は納得します。

 もっと尊い仕事は、子どもが親たち(人間たち)を育てること。それは宇宙の動きそのものであり、自分自身を体現すること。一人では生きられないことを宣言し、絆の道を示すこと。

 親が子どもを育てることは、人間の本能と意思がそれをさせている。

 幼児が親を育てる風景は、宇宙の意思、姿がそこに現れる。


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