ロータリークラブでの講演と園長先生たち

 茅野市の諏訪大社ロータリークラブで講演しました。会員の方たちは揃いのエンブレムのついたブレザーにネクタイをきちっと締めて前の列から順番に座っています。一般参加も可能だったので、その後ろに保育園の園長先生たちが座っています。園長研修会や親たちへの講演会で私の話を一度聴いたことのある方たちが、もう一度と集まっていました。茅野市周辺の市町村からわざわざ聴きにきて下さった園長先生たちもいました。二つの集団の違いがこれほどくっきりハッキリしている講演会はいままでなかったような気がします。ロータリークラブ集団は全員男性、園長集団は全員女性、ビジネスをして来たひとたち、保育をしてきたひとたち。しかし、年齢は近いのです。

 講演翌日、園長先生集団の代表的存在の方から電話をいただきました。ロータリークラブ男性集団が感性豊かに、時に大笑いしながら、、「保育、子育て、親心、祖父母心」の話や一日保育士体験の話を聴いているのを見て、園長先生たちがとても嬉しそうでした、ちょっと子どもにも見えるあの男性たちの反応を見たのがとても良かった、安心した、という報告でした。
 ひょっとすると、男女で一緒に子育てをし、大笑いしながら心を一つにするということが本当は簡単で、充分可能なんだ、という証明の瞬間だったのかもしれません。それが園長先生たちには嬉しかったのだと思います。こういう時代だからこそ、子どもたちのために、この国の将来のために、自分自身をより深く体験するために、経済競争の次元ではなく、もっと古い時代の感性で、男女が年齢を越えて、幼児を眺め心を一つにすることが望まれているのだと思いました。違った選択肢を選んで異なる道を歩いた人間たちが、お互いにホッとする風景がもっと生まれなければいけないのでしょう。
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安野先生の展覧会が板橋区立美術館で始まりました

安野光雅の絵本展
日時:2012年2月25日(土)- 3月25日(日)
 9:30-17:00(入館は16:30まで)
会場:板橋区立美術館

anno.jpg           『旅の絵本』(表紙) ©空想工房2012 津和野町立安野光雅美術館蔵

このブログを書き始めた時にシャクティのドキュメンタリーに心にしみる感想をいただいた安野先生の展覧会が始まりました。美術館の学芸員の松岡さんからオープニングのセレモニーに誘われていたのですが、講演が入っていて行けませんでした。安野先生は私の小学校の工作の先生でもあったので、当時の思い出などをお話ししたためか、図録の最後に私の名前が載っていました。ありがとうございます。記念になります。来週坂本区長さんとお話しさせていただいたあとうかがうことになっています。楽しみです。
東京都私立幼稚園連合会の「都私幼だより」の2月号に巻頭文を書きました。以下のリンク先に掲載してあります。
http://kazumatsui.com/genkou/012.html

保育者必見!共励保育園の保育展 2月19日、9時から3時です。

 ここに情報が載っています。http://www.kyorei.ed.jp/cn1/pg113.html

 長田安司園長(理事長?同志?)と共励の保育士たちが、保育とは何か、を人類に問いかける毎年のイベントです。保育は、ここまで行ける、それを知ることで勇気が湧きます。
 私も、長田先生からは様々なことを学び、これからも学び続けるつもりです。
 保育関係者、教育関係者、行政、政治家、みんなに見て欲しい保育展です。
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言葉、翻訳、古さ、と次元2

 150年くらい前に、日本で,欧米語の翻訳という過程で「社会」とか「自由」という言葉が現れ、使われるようになった時に、本来「ある」もの(語らずともよいもの)が人為的なもの「概念?」になり始めたような気がします。一見広い範囲を持つように思われる「概念」が現実と混同され、TPOまたは趣味と都合によって中身(意味、共通理解)にばらつきがでてくる。宇宙の意識が,人間の意識の枠のなかに治まると思ったのが、解体され、人間の意識を一体に保つ役割りが希薄になってくる。体験から生まれるはずだった「言葉」が一人立ちして、人の意識を支配するようになると、人間は宇宙の意思によって作られたことを忘れて、だから、いまこれほどシステムにこだわるのか。水増しされ膨張しすぎている学問(本来の意味ではない)が加わると、言葉を発しないひとたち物たちとの会話がないがしろになってゆく。

 以前、沈黙との対話が人間の絆を支えていたことが、記憶の中でぼやけてくる。
 フィギアと話し始める若者たちは、ひょっとして人間性を守ろうとしているのかもしれない。

 品川で、誕生日に、プレゼント要らないから、と言って一日保育士体験を親に頼む子どもの話を聴きました。子どもたちは自分の親を自慢したい。親たちに園での生活を自慢したい。その気持ちを大切にすれば,利害関係ではない絆が自然に生まれるはず。

 子どもたちは何か出来るようになるのが嬉しいのではない。出来るようになったのを親に見てもらうのが嬉しい。子どもたちは生きることが、育てることと一体になっている。それに気づいた時に、損得ではない関係の心地よさに親たちが引き込まれていゆく。

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言葉、翻訳、古さ、と次元

 保育という言葉で言い表せない「子育て」。しかし、それは表裏一体のもの。保育の歴史は100年にも満たないのですが、子育ての歴史は二億年?

 最近「社会で子育て」ということが言われます。「社会」という言葉、定義さえ日本という国にはつい150年前までなかった。子育てが醸し出す空気そのものが「社会」だったのかもしれません。よく使われ、そろそろ私たちはそれに縛られている観のある「自由」という言葉も、福沢諭吉が「フリー」「リバティー」という言葉を翻訳する時に悩み抜いて当てはめた仏教用語、すごい翻訳だと思います。欧米のようにはなってはいけない、という無意識の意識さえ感じます。欧米の「自由=フリー、リバティー」は権力闘争の中で使われた、主に特権を意味する言葉だそうです。古代ギリシャの自由人は、20人の奴隷を持って労働から解放されたひと。私はアメリカに30年住んでいて知っています。欧米人の言う自由とは、勝ち取るもの奪い取るもの、奪い返されることを心配するもの。

 「子育て」のある次元とは、古さも存在理由も違う。

シャクティからのクリスマスカード

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信頼関係とは、理解することではなく、理解しようとすること。
子どもを生み育てるということは、人間が宇宙から与えられた最も尊い仕事であったはず。それは宇宙との対話であって、自分自身を体験することでした。生きている自分を実感し、その意味を理解する道でした。自分の価値を知ることで人間は納得します。
もっと尊い仕事は、子どもが親たちを育てること。それは宇宙の動きそのものでした。自分自身を体現し、一人では生きられないことを宣言し、利他の道を示すこと。知ることは求めること、と気づいたひとたちを癒すために。
親が子どもを育てることは、人間の本能と意思がそれをさせている。
無心に生きる幼児が親を育てる風景は、宇宙の意思と姿がそこに現れている。

 

トルコからの手紙、完結編/祖国や自分

 私の教え子で、ご主人の海外勤務のためトルコに4年いた里ちゃんが来年一月帰ってくることになりました。

 保育と発達をテーマに博士論文を書いている里ちゃんは、本来理論派ですが感性が鋭く、トルコ語も積極的にマスターし、「昔から続いてきた子育てと人間社会の関係」について、生き生きとした報告をイスタンブールから送り続けてくれました。私と似た目線で人間の育てあいや役割りを見るひとでした。思考スタイルも共通していて、まるで自分がその場に居て見ているように感じたものでした。

 ご主人が、一流企業に勤めているにもかかわらずトルコ人と一緒にサッカーすることに熱中しているような人だったことも、きっと里ちゃんの感性を横から助けたのだと思います。

 トルコで第一子菜々ちゃんを出産したおかげで、トルコ人の(または昔の人の)赤ん坊に対する目線を肌で感じ、その目線に包まれて育つことの意味を社会の空気の中に実感したのだと思います。これが、最後の手紙かもしれません。短いですが、しめくくるに相応しい文章でした。


(里ちゃんのメール)

 菜々はすっかり、「全ての大人は自分を愛してくれるもの」だと思っています。

 トルコ人から愛情を受けるのが当たり前になっている彼女。

 ありがたいやら、今後がおもいやられるやら。

 そして改めて、トルコ人がどんな状況でも、祖国や自分、家族といった自分の基盤となる部分を積極的に肯定し、是が非でも守る理由がわかります。幼い頃、こんなに誰にでも愛されていれば、何があっても自分を否定しない。人や自分を愛する力がつくんですね。

 

里映

 

円空展

 埼玉県立歴史と民俗の博物館で円空展を見ました。(http://www.saitama-rekimin.spec.ed.jp/?page_id=232)11月27日までやっています。お薦めです!

 1000円で販売している図録、小さな物も大きく見えて、すべてカラー写真です。

 150体近く揃っていますから、一人の人間の人生が見えるようです。円空はずいぶん埼玉を歩いているのです。いわゆる円空っぽいものだけではなく、柔らかく丸い、ほっこりと温かい、シルエットを眺めているだけでも安心する、心の中に座りがいいのがいくつもありました。並べ方も良かったです。これの次にこれがあって、これがこの二つの間にあるから、という心のこもった配置でした。
 自分のために彫ったのではない。お金のために彫ったのでもない。ひょっとしてもうこの国では通用しない生き方かもしれません。木喰行の行者ですから、おいしいご飯を期待して彫ることもなかったでしょう。(木喰行は火を通したものを食べません。)
 この生き方を選ぶということは、当時でもちょっとした変人でしょう。変人が、尊敬される生き方を選択できる社会がつい最近まであった。いま、選択肢が一見多いように思える日本で、実は生きる道を選ぶ選択肢がなくなってきている。平等という言葉の怖さを感じます。たぶん変人であることが辛くなくなってきたということでしょうか。広く薄く、自分自身でいることが難しくなってきているのです。
 円空は行者ですから、たぶん祈祷もしたでしょう。雨乞いや治水などもしたのでしょう。日本の昔話にはなまけものが主人公のものが多くて、それはこの国の懐の広さだと思いますが、その次元で考えるたびに、0歳児との会話が広げる世界を思うのです。3歳くらいまでのちょっと理不尽で非論理的な「子育て」という役割りが社会に「そのままを受け入れる」寛容さを生んでいたのではないか、と思います。受け入れるだけでなく、変人の存在意義に気づく、役割をまわりが創り出す、それが本来の人間社会です。0歳も人間、1歳も人間、2歳児も人間、という感覚が薄れた時に、人は本来のコミュニケーション能力を失い、人類はその進化の目標を失うのかもしれません。
 歴史と民俗の博物館は、私の好きな建物です。半分地面に埋まっています。六十年代のものは音楽もいいけれど建築もいい。現代建築が自然と一体になっていた時代かもしれません。それだからこそ、少し禅的な日本の文化からいい建築家が生まれたのでしょう。
 完璧でない人間と「幸せ」の関係について円空に囲まれながら考えました。
 補いあう心、国境、宗教、言語、沈黙。
 仏教にアニミズムがプラスされる意義を感じます。
 日本では、仏教+神道+アニミズムでしょうか。中国では、道教+仏教+アニミズム、「千と千尋の神隠し」の世界でしょうか。アイスランドなどに残っているキリスト教+アニミズムの世界もまた寛容です。厳しさに立ち向かうための人間の知恵だと思います。

 十代のころ、円空を知る前に、私は同じ木喰行者の明満上人の仏像に出会いました。「木喰さん」と呼ばれるこの人が彫った十六羅漢が京都の八木町清源寺にあって、宅間英夫さんに連れられて行ったのです。和尚は大酒飲みで、時々畦道で寝ているような人でした。
 
 

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北の街で/仏塔のともちゃん

 北の街へ講演に行きました。会場は、大きなお寺の本堂でした。

 古くはないですが、ちょっとびっくりするくらいの大きさで、人間の作った空間は大きさでじゅうぶんその神聖さや人間の意思みたいなものを表現出来るんだ、とひさしぶりに思い出しました。市長さんと教育長さんが最前列にすわっていました。それもまた私にとっては実感できる大切な「何か」でした。

 懇親会があって、二次会に誘われました。
 街の短い繁華街の、細い階段を登っていく倶楽部でした。倶楽部とかスナック、キャバレーとかバー、といった区別は、3年に一度しかそういうところに登ってゆく機会のない私にはわかりませんが、とりあえず倶楽部としておきます。横に、ドレスを着た女の人がすわりました。とてもなじみのある顔でした。にこっと笑いました。その人は、お寺の本堂の講演の時、真ん中に座っていた人でした。栗色の髪を仏塔のように積み上げていたので、自然に何回も目がいってしまい覚えていたのです。いいタイミングでおおらかに笑ってくれる人でした。
 アメリカで言えば3人に1人にあたる未婚の母なんです、と講演の内容にくっつけて、その人は、今日は空が青いですね、というような感じで私に言いました。友だちに会ったような気がしました。保育園でずっと役員をしているのだけれど、土曜日の役員会にはいつも仕事で出られないので、役員会の結果に同意しますという手紙を毎週書くんです、と元気に言いました。そして、色んな話をしました。
 その人は倶楽部のマネージャーで、バイトで働いている、昼間は保育士をやっている女の子が最近職場で悩んでいるので聴いてくれない?と言うので、いいですよ、と言うと電話をかけてさっそく呼んでくれました。保育士ホステスさんは、ちゃんと他の若手も着ているチャイナドレスに着替えて私の前にすわりました。わかっていたからかもしれませんが、その顔はどうみても上等の保育士さんでした。
 悩みは、1・2才児を見ているのですが、泣いているから抱っこしたいのに、先輩が抱き癖がつくからなるべく放っておくように、そして、まだあまり持てない子にスプーンを持たせたり無理に色々教えようとするんです、ということでした。母性が仕事とぶつかってしまっている、人間が専門家と摩擦をおこしているのです。これが、実はけっこう辛いのです。
 福祉の一番深い問題点を北の街で目の前に差し出されて、今夜は月がきれいですね、という感じの静けさで答えるのはなかなか難しいものです。私は10秒くらいゆっくり考えて、子育ての仕方は色々ある、それが親によって継続的に親も子どもも育ってゆくルールの中でだったらどちらの方法でもかまわないと思う、ただ、毎年育てる人が入れ替わったり、一日の中で複数の人が乳幼児に関わる状況の中でこうした子どもをみつめる目線に違いがあるのは本当はよくないのです、しかし、いまの仕組みにおいては必ず生まれる宿命のような根源的な問題ですね、と解説をしました。母性が仕事とぶつかった場合には、自分の母性を信じて下さい、とアドバイスしました。くれぐれも自分を変えないように。直感を鈍らせないように。私たちの会話を、横で市長さんが聴いていてくれたのが嬉しかった。こういう人間性と、人間の作った仕組みとの闘いの狭間に「保育」があるのです、そこで子どもたちが育っていくのです、という説明をしました。
 実は、講演会のあとにお寺で、私の人生にとってとても大切な小学校の時の同級生に会いました。おたがいに、なんでここにいるの?、という感じでした。こういう瞬間があるから学校は凄い、と思いました。あの時代に、駆け引きのない、利害関係とはかけ離れた人間同士の絆が生まれる。そして、それは一生続く。小学校でも、中学校でも、必ず私には一生考え続ける大切な人が必ず一人いました。子どもの頃で済まされない、それだからこそ人生の貴重な1ページになって残り続ける絆があるのです。取り戻すことはできなくても私の一部となっている瞬間があるのです。少なくとも私にとって、学校がなかったら人生はずいぶんつまらないか、厚みのないものか、強烈に運だよりになるか、心底ドキドキしないものになるような気がするのです。その人がそこに立っていてくれたおかげで、私は学校に一番自分が望んでいたことを思い出したのでした。その時の担任の佐伯先生が少し前に亡くなったと、その人が言いました。五ヶ月前に、佐伯先生のことをふとこのブログに書いたことを思い出し、彼女にそういいました。佐伯先生のクラスは特別だよよね、と彼女は笑いました。他のクラスを体験したことがないのに、私も絶対にそうだ、と頷きました。
 佐伯昭定先生、本当にありがとうございました。
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「行政アドバイザー」を依頼されて/部族の感覚

 今月、茅野市の子どもたちの育ちに関する「行政アドバイザー」を依頼されました。去年から続いてきた市との関係は、野菜や手作りのゼリーをお土産にもらったり、料理の仕方を添えたかんぴょうをもらったり、保育園を全部まわったりしているうちに、市長や教育長さん、子育て支援課のひとたちと本音で話せる関係になっていました。就任式があって、そのあと市長さん教育長さん、福祉部のひとたちと夕食をいただきました。

 学校を管轄する教育委員会が、幼児期の保育をどうとらえるか、はいまとても重要です。あの子たちがこっちへ来る、ということを忘れて進むと、学校教育を支えて来た保育が「雇用・労働施策」に取り込まれてしまいます。
 (経済財政諮問会議がいまの保育や親のあり方にどのように影響を与えてきたか繰り返し書くことはしませんが、経済学者の多くが、子育てが生みだす絆がめぐり巡ってどのように経済と関係しているか、理解していないように思えます。経済と幸福の関係さえ理解していないと思ってしまうことがよくあります。家族の絆が安定しなければ競争力は落ちます。競争原理で動いているアメリカで、英語も満足にしゃべれない移民一世が、二世三世に比べて経済的に成功する確率が高い。発展途上国の家庭観を持ち、発展途上国の教育を受けた人がなぜ市場原理の中で成功するか。そのあたりを経済学者たちが理解していない。
 システムを市場原理や競争原理に変えたからといって保育がすぐに変わるわけではないのですが、これまで保育を支えてきた経験豊かなな主任さんが定年退職になりはじめています。新任の保育士が数週間で辞めてしまったり、理事長設置者が子どもを第一に考えなくなったり、雇用・労働施策に振り回されてすでにこの20年くらいに起ってしまった保育界の変化は、やはりそうとう日本のいまの姿を形づくっていると思います。現場を耕していけばそれがいいのだ、と思うようにしています。上で何が行われようと、ひたすら幼児の私たちを信じてくれる力を信じればいい。彼らは一人では生きられないのですから。それは人類にとって素晴らしいことなのですから。)
 「一日保育士体験」を親たちがすることで、子どもたちが「どの子にもおとうさん、おかあさんがいる」と理解する。親たち全員にさせたいのはそのためです。子どもたちからの信頼を取り戻すために「全員」に向かって努力することが必要だと思います。毎年「おともだち」のお父さんお母さんとひとりずつ順番に、一日遊んでもらったり、教えてもらったり、抱っこしてもらったり、本を読んでもらったりすることによって、卒園して学校へ行ってからのいじめがなくなる。なくなることはないとしても、半減するのです。「おともだち」が個人ではなく「一家」として意識されれば、親子としての存在が認められれば、いいのです。いじめは、その子の一生を左右する体験です。この体験が、数十年日本の社会に意識として残る。できることはすぐにやらねばなりません。
 お父さんお母さんが、毎年一日、卒園までに三・四回これを体験することで、自分の子どもの成長だけではなく、一緒に育っていく子どもたちの成長を一つの敷地の中で見る。「自分はほかの子たちにも責任があるかもしれない」と頭の隅でふと感じます。我が子の環境問題は他の子たちなのだ、と理解します。人類が何千年も感じてきた「部族」の感覚です。石器時代にすでにあった、人類が生きていくために一番大切な運命をわかちあう者たちの絆です。それを司っていたのが「子育て」でした。
 子育ての周辺に存在した様々な儀式は、主にそれを確認する儀式でした。
 幸い茅野市では、学校と保育園・幼稚園が垣根を越えて子どもたちの成長を一緒に考えようとしています。第一に学校側が0歳から5歳までの子どもの成長の重要性を自分たちの問題として認識することから始まります。将来その子たちの成長を支える親たちをいま育てるのは自分たちだ、ということも意識します。高校生は数年後には、親になってこの仕組みの中に還ってくるかもしれない。
 保幼少連携と言われるのですが、まだ本質が理解されていません。授業がやりやすくなるために、くらいの視点で行われていることが多い。乳幼児、幼児たちがどのように人間社会に人間性を与えてきたか、彼らがどのように人間たちから良い人間性をひきだし、言葉で確認するものではない沈黙の次元の絆を生み出してきたか、までは理解されていません。思考がシステムの範疇を出ないのです。
 学校教育を支える土台がどのように作られて来たか、ひとり一人の教師が知ることは大切です。0歳、1歳、2歳で乳幼児がどのような役割を社会で果たし、三歳、四歳、五歳という特徴的な発達の段階で子どもがどのように自制心を身につけるか、そのあたりを教師も知ると子どもが違って見えてきます。
 この時期に親がどう親らしくなるのか。家庭と、保育・教育をする側との信頼関係がなければ学校教育は成り立たなくなる、成り立ったとしてもそれは子どもたちの笑顔と一体のものではないかもしれないことを知る必要があるのです。
 いじめは、「絆を作っていない」大人たちに対する子どもたちの警告です。
 子どもたちを教育して解決しようとすれば本末転倒になる。親身になって教師が生徒を指導し、いじめをなくそうとすることは重要ですし尊いことです。たとえば、学校で毎朝必ず輪になって踊ったり歌ったりすることはもっと古い、遺伝子にかなった石の時代のやり方です。しかし、いじめの本質は親同士、そして家庭と学校の信頼関係の希薄化にあるのだ、ということを前提に取り組まないと、ますます親たちは学校に子育てを依存し、教師は苦しい立場に追い込まれてしまいます。
 「一日保育士体験」で、父親を早いうちに人間らしくすることができれば、それが出発点になると思います。入園した年から「全員」を目指して、教育委員会と福祉部が協力しながら努力すれば地域の空気が変わってきます。
 焦点をしぼって徹底的に、ほとんど選択肢がないまでに進めようとしなければ意味がありません。進むことで生まれる絆もまた大切です。目的はそれを達成する過程がすでに目的を果たしたことになっている、のが一番いいのです。
 子育てをするということに選択肢はない。子どもは親を選べない、親も子どもを選べない。だからこそ人類は幸せだった。
 育てあうしかなかった、という感覚を社会全体に取り戻さなければなりません。

 茅野市がいつか、県の教員の異動があるたびに、「あそこへ行って教師をやりたいね」と囁かれるような市にならないかな、と願います。学校教育の質は教師の精神的健康、幸福感です。こういう時代です。社会は、教師にとっても子どもたちにとっても学校教育が気持ちよく成り立つかどうかで、その善し悪しを計られるべきだと思います。そして、それが成り立っていることに親たちが感謝する。感謝をする人間が一番成長することになっているのです。
 (私が学校に関してこうしたビジョンを持つのも、人生を振り返って学校のイメージがとてもいいからだと思います。教師の感性が感謝に磨かれていれば、学校はなんとかなります。そこで頼りあう、信じ合うことを学べばいいのだと思う。自立、という言葉は、まだまだいまの時点では人類には早いのだと思います。)