トルコからの手紙、完結編/祖国や自分

 私の教え子で、ご主人の海外勤務のためトルコに4年いた里ちゃんが来年一月帰ってくることになりました。

 保育と発達をテーマに博士論文を書いている里ちゃんは、本来理論派ですが感性が鋭く、トルコ語も積極的にマスターし、「昔から続いてきた子育てと人間社会の関係」について、生き生きとした報告をイスタンブールから送り続けてくれました。私と似た目線で人間の育てあいや役割りを見るひとでした。思考スタイルも共通していて、まるで自分がその場に居て見ているように感じたものでした。

 ご主人が、一流企業に勤めているにもかかわらずトルコ人と一緒にサッカーすることに熱中しているような人だったことも、きっと里ちゃんの感性を横から助けたのだと思います。

 トルコで第一子菜々ちゃんを出産したおかげで、トルコ人の(または昔の人の)赤ん坊に対する目線を肌で感じ、その目線に包まれて育つことの意味を社会の空気の中に実感したのだと思います。これが、最後の手紙かもしれません。短いですが、しめくくるに相応しい文章でした。


(里ちゃんのメール)

 菜々はすっかり、「全ての大人は自分を愛してくれるもの」だと思っています。

 トルコ人から愛情を受けるのが当たり前になっている彼女。

 ありがたいやら、今後がおもいやられるやら。

 そして改めて、トルコ人がどんな状況でも、祖国や自分、家族といった自分の基盤となる部分を積極的に肯定し、是が非でも守る理由がわかります。幼い頃、こんなに誰にでも愛されていれば、何があっても自分を否定しない。人や自分を愛する力がつくんですね。

 

里映

 

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