文科省、無資格でもいい、と全国に緊急で通知

 

「新年度も各地で厳しい『教員不足』の状況が発生しているとして、文部科学省は教員免許がなくても知識や経験がある社会人を採用できる制度を積極的に活用するよう全国に緊急で通知しました。」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220421/k10013592721000.html

あっという間でした。

保育士の三分の一が無資格でいい、パートで繋いでも構わない、と言うなら、学校もそれでやってみるといい、と本に書いたのです。そうしたら本当にそうなってしまった。なるだろうな、とは思っていました。

一番問題なのは、文科省が「全国に緊急で通知しました」と言っているところかもしれない。

予測できたでしょう、こんなことは。

この状況は、「発生している」のではなくて、政府によって作られたものでしょう。

新刊「ママがいい!」にこう書きました。

「受け皿を増やすことで合計特殊出生率は上がらず、むしろ過去最低を更新した。その事実からどう目を背けられるのか。保育施策はただの選挙対策なのか。待機児童解消を優先し、「子育て安心プラン」という本末転倒な名前を付け、「子どもたちの安心」を犠牲にした規制緩和が次々に進められている。保育現場に無資格者を入れ、わけのわからない付け焼刃の「資格」 をつくり、利益を求める素人の保育事業参加を促した。その結果、保育現場の混沌と愛着障害が深刻化し、義務教育の維持が困難になっている。」

最近、こんな記事もありました。

「児童虐待最多の10万8050人、コロナで潜在化の恐れ…「家にいるしかなく親の暴力ひどくなった:読売新聞2022/02/03」

子どもと一緒にいるとイライラする親がえているのです。

それを学校の教師に押し付けても、解決にはならない。しかも、今の応募倍率では教師の質は保てないのです。

保育課の熱血係長が四面楚歌に

「ママがいい!」の出版社のHPにインタビューの続きがアップされました。

『ママがいい!』著者 松居和さんに聞く④欧米の悲劇・日本の奇跡

本では書ききれなかった風景や、エピソードを語っています。加筆、修正もしていますが、インタビューだから言えたような部分もあります。ぜひ、読んでみてください。以下は、その一部です。

◆保育課の熱血係長が四面楚歌に

最近の保育施策を「ドロ舟」と言い切った女性の係長がいました。

──ドロ舟ですか。いつ沈むとも知れないほど危ういのが今の保育政策だと。

もう沈みかけている、と言うニュアンスですね。彼女は、虐待が疑われる家の前に車を止めて張り込むような烈女でした。

公立保育園の多い市で、いわゆる児相マター(児童相談所案件)が急増し、それにもう対応できないんです。限界を超えている。

すると、保育園が児相と仮児童養護施設みたいな役割を押し付けられる。でも、保育士不足による質の低下が同時に起こっているので、どうしようもない。そんな仕組みの中にいる自分が辛いし、腹が立つんですね。怒っているか、泣いているか、そんな人でした。

本人もシングルマザーで苦労してきた人でしたが、長時間預けることに躊躇しない親たちが、家庭崩壊、虐待へと進んでいく道筋が見えてしまうんです。

そこは、外国人の親も多い市で、みんな綺麗事ばかり言うんですが、予算もないし人材不足で、子どもが守れず、彼女は四面楚歌になっていました。

子どものために動こうとすれば、誰かから白い目で見られる、役場の中でも、なに一人でいいカッコしているんだよ、という感じなんですね。

ーーーーーーー中略ーーーーーーーーー

当時から、野党も与党も少子化対策として「待機児童をなくします」と言っていた。保育園での0歳児1歳児からの長時間預かりを進めていたんですよ。「子ども・子育て新システム」が、三党合意で「子ども・子育て支援新制度」と名前を変えて受け継がれていった。

その結果、ますます少子化は加速したんです。

これだけ子育ては損な役割り、みたいな宣伝をしたら、そうなりますよ。

にも関わらず、少子化によって日本の経済が悪くなっていくことこそが国家的な危機なのだ、と今になって言うんです。政府が加速させた少子化は、もう止まりませんよ。いくら対応策を考えても、最近の度重なる規制緩和を見ていると、政治家と学者がこの国の首を絞めているようなものです。

子どもが減ろうと、経済が悪くなろうと、まず乳幼児の願いを想像する、という原点に立ち戻るしかないんです。

待機児童の主体は0、1、2歳です。
その子たちは、保育園に入りたいなぁ、入りたいなぁ、と順番を待ってはいないんです。「ママがいい!」と叫ぶんです。

私はそういう議員に、4月、国じゅうで起こっている慣らし保育のときの叫び声「ママがいい!」を聞け、と言いたかった。

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(インタビュー時の動画の一部です。)

時々、輪になって踊っていればいいのです

ドキュメンタリー映画「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」(第41回ワールドフェスト・ヒューストン国際映画祭、長編ドキュメンタリー部門で金賞受賞)からの映像です。

私の質問にシスターが答えます。https://www.youtube.com/watch?v=uoQXhyz0rOg

 

インドの貧しい農村での人々の生活を見ていると、信心も含めて、絆と信頼に守られて暮らしてきた人間たちの確かな営みが見えてきます。

人間は、進化の歴史の99.999%を貧しさの中で過ごしてきたので、そうした状況で幸せになるのが上手なのです。遺伝子が、そのようにできている。

生態人類学的にも、血糖値を上げるホルモンは20種類あるけれども、下げるホルモンはインシュリンしかない。だから、「豊かさ」に弱い生き物なんです、と誰かが以前教えてくれました。

なるほどな、精神的にもそれが言えるのだな、とその時思いました。

「祭り」の意味をシスターは「集まること、祝うこと」と言いました。命をもらったならば、祝わなければいけない。それを繰り返していれば人間は大丈夫。時々、輪になって踊っていればいいのです、と教えてくれました。

シスターはカソリックの修道女ですが、言葉の端々にウパニシャッド哲学の流れを感じるようで面白い。お国柄ですね。絆は、「縁」であって、「円」であること。「祭り」はそれを伝えながら、日々の営みを次の世代につなげていく。人生がその場限りではないこと、「集まっていれば」良い方向に進み始めること、その流れを体感させるのが祭りや儀式でした。

日本の小学校で毎朝子どもたちが「輪になって踊る」、それに親たちが加わることで、つながりを実感出来るようになる。「気」の流れが変わり、人類の進化が正しい方向へ戻ってくる。このコミュニケーションの入口に「0歳児が眠っている」と、私は思っています。

 

インタビューの第三弾

出版社のHPに新刊「ママがいい!」に関するインタビューの第三弾が載りました。https://good-books.co.jp/blog/blogs/2794/

(その一部です)

日本でも、「女性の就労率のM字型カーブ」が日本特有の差別や時代遅れの象徴のように扱われ、「一億総活躍」が叫ばれ始めたころから児童虐待は増え始めて、いま過去最高です。そして、保育所を疲弊させる一番の原因は、いま「親対応」なのです。

本にも書きましたが、「子育てを女性に押し付けるんですか?」という質問をされることがあるのです。

それが「子育てを男性に押し付け返しましょう」という方向に向かうのであれば素晴らしい。理にかなっています。男性にも、より確かな利他の幸せ、道筋を知ってもらいたい。しかし、その質問の先に、それでは経済が回らない。子育てを制度でやればいい、専門家に任せればいい、そうすれば男女平等に子育てから解放されるという意識があるから、困る。この意識が広がったら保育界が持たない。

インタビュー記事の続編が載りました

(出版社のブログにインタビュー記事の続編が載りました。)

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く②悲しき虐待

政府が目指しているのは子どもに対するサービスではなく、親に対するサービス、企業に対するサービスです。保育士不足がこれほど逼迫しているのに、もう40万人保育園で預かれと数値目標を掲げ、それを「安心して子どもを産み育てることができる環境の整備」、「みんなが子育てしやすい国へ」と言うのですからもう支離滅裂というか、論理が破綻しているのです。

こうした厚労省の施策のキャッチフレーズに、ある二代目保育園理事長が顔をしかめて言いました。「安心して産み育てる、じゃなくて、気楽に子どもを産み育てることができる環境整備でしょう。気楽に産んでもいいんだけど、気楽に預けてもらっちゃ困るよね。それでは、子どもの立つ瀬がない。親が育たない」。

「子育てしやすい国づくり」=「保育園を増やすこと」とする考え方にいつの間にか社会が違和感を覚えなくなっている、そこがいちばん問題なのだと思います。

「日本再興戦略」という閣議決定があるんですが、その中で保育分野は「制度の設計次第で巨大な新市場として成長の原動力になり得る分野」、「良質で低コストのサービスを国民に効率的に提供できる大きな余地が残された分野」と書いてある。彼らの言う「国民」の中に幼児たちが含まれていないんですね。投票できない弱者の願いがまったく意識の中にない。

出版社のブログに載ったインタビューです。

音楽家・作家の松居和さんが、著書『ママがいい!』について熱く語って下さいました。

『ママがいい!』著者・松居和さんに聞く①反響

打合せのためにご自宅にお邪魔してお話ししていたところ、とてもいいお話をされるので、ICレコーダーを回し始めたら、次から次への言葉が出てきて、気がつけば4時間以上!

それに加筆いただいたら、2万字くらいになりそうな勢いなので、小分けにして週1ペースで記事をアップしていきます。

今回のお話は、『ママがいい!』という刺激的なタイトルに、生け贄になる覚悟で執筆したという裏話と、発刊後の保育関係者、親世代の反応について、などなどです。

いま、幼児をめぐって何が起きているか、多くの方々にぜひ知っていただきたい内容です。

シェアしていただけると、とてもありがたいです。

乳児と分かちあう「沈黙」

 

 

ウクライナ民話と言えば「てぶくろ」。ラチョフさんの描いた絵が、あまりにもストーリーとマッチしていて、ウクライナ人はみんなお人好しのように思えてしまう。あの大統領など、てぶくろの中にもう入っていそうな気さえする。ラチョフはロシア人ですがキエフで学び、描く民族衣装や動物の表情を見ていると、ウクライナの土壌を心から愛した人に違いない。てぶくろに煙突までつけてしまう展開に、大人も子どももワクワクする。

この表紙を見て、これはフェイクニュースという人はたぶんいない。

一方、こんな馬鹿げたニュースがありました。

二〇一八年八月一日、第一生命研究所は、「出産退職による経済的損失が一・二兆円」とする試算を発表した。出生数九四・六万人のうち出産によって退職した人二十万人の経済的損失を計算したものだ。

母親が産まれたばかりの我が子と暮らしたい、子どもが母親といたい本能ともいえる願いを「損失」と計算し発表する人たちの意図に人間性が欠けている。金銭で計れないものをデータと考えない人たちの独特な思考停止が政府の作る施策の根拠となり、信頼関係の喪失を生み、史上最多の児童虐待の数という現実になって現れている。

二十年以上前、経済企画庁(現・内閣府)が、保育園で就学前の子どもを全員預かれば、親から得る税収が保育にかかる予算を上回るという試算を出し、毎日新聞の一面に「そのほうがお得」という記事が出たことがある。思惑は外れ、保育の質の低下、子育てに関する意識の変化に学校教育も保育も対応できなくなっている。しかし、いまだに「出産による経済的損失」という計算をする専門家たちがいるのだ。経済とかエビデンスという一見真実に見えるまやかしに囚われ施策から人間性が失われていく。親たちの責任放棄とDV、児童虐待が増えている。限界を超えてしまった児童相談所の対応が、子どもたちに対する責任の所在をますます曖昧にし、「ママがいい!」という叫びが遠のいていく。(https://good-books.co.jp/books/2590/に書きました。ぜひ、読んでみてください。)

こういう計算をする人々(それを報道したり、施策に反映させたりする人々)は、赤ん坊のぬくもりや、幼児たちの笑顔が、欲のエネルギーの対極にあることを恐れているのかもしれない。乳児を抱いている人が、乳児と分かちあっている「沈黙」には人類への重要な提案があって、それが怖いのかもしれない。人間が人間らしくあろうとすることが、自分たちの経済的利益を脅かすことに気づいているのかもしれない。(否、本当はただの薄っぺらい「経済学」だと思う。そこが一番怖い。幼児と過ごす時間から生まれる「忍耐力」「優しさ」「想像力」、長い間人間たちが幸せの拠り所としてきた愛着関係などに価値を見出さない単純に過ぎる計算の繰り返しで施策が成り立ってきたのだ。だから、こうして壊れる。)

この人たちが定義する「総活躍」のために「受け皿」が整備され、一方で、夫婦で子どもを虐待していた母親が殺人罪で起訴され、その母親がこども園の保育士として働いていたという報道があった。「女性の就労率のM字型カーブ」が日本特有の差別や時代遅れの象徴のように扱われ、そのカーブが幼児を楽しむ伝統とは誰も言わなかった。この「一億総活躍」が叫ばれ始めたころから児童虐待は増え始めて過去最高になっている。そして、保育所を疲弊させる一番の原因は、いま「親対応」なのだ。

(「保育の受け皿」14万人分不足 内閣府が提示、年末に新計画:2020年10月5日)

(児童虐待最多の10万8050人、コロナで潜在化の恐れ…「家にいるしかなく親の暴力ひどくなった:読売新聞2022/02/03」)

去年、国家公務員の退職が増え、霞ヶ関の若手官僚の7人に1人が辞めたいと思っている、「2019年度の20代総合職(キャリア)の自己都合退職者数は6年前から4倍以上」というニュースが流れてきた。「国のため」と言う言葉のまやかしにそろそろみんな気づいている。「一億総活躍」と旗を振るはずの人たちが、その本質を理解し、そっぽを向き始めているのではないか。

それが、「てぶくろ」の最後のシーンと重なる。