マザー・テレサの言葉・死を意識すること・専業主夫歴13年の方のツイート・メール二通、と返信

この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。人から見放され、「自分は誰からも必要とされていない」と感じる事なのです。~マザー・テレサ~

10

(幼児を育て、全身全霊で信じ頼ってくれることに感謝していれば、それが実感できる。)

 

死を意識する

以前、インドの村に居て感じました。いまほど豊かでもなく、医療も発達していない状況の中で、幼児に頼られ、信頼され、親心という人間性を育てられた親たちは、自分はいつ死ぬかわからない、ということを強く意識するようになる。そして、自分が死んでも子どもが生きていけるようにまわりに、信頼関係の絆を作るのだと思います。人類が進化してゆくための本能の絆です。

「死」が「生」に貢献する。人類はこうして、「助けあう絆」「頼りあう絆」「信頼しあうきずな」を常に日常生活の中で育てながら一緒に生きて来ました。その出発点に、乳幼児から私たちに向けられた無心の信頼があった。

 

親たちが、子育てを自分でしなくなってくると、この人間が信じあおうとする本能が働かなくなってくるのです。

 

専業主夫歴13年の方のツイート:本当にそうですね。

『子供は親の笑顔を見ることが幸せ』という言葉をよく聞く。私はこの言葉が好きではない。何故なら『親が好きなことをやるのが子供にとっても幸せ』と解釈する人が多いから。子供が親の笑顔を好きなのは『一緒に笑いたいから』なんだ。そして時には『親と一緒に泣く』ことだって子供にとっては幸せだ。

images-1

 

自分自身を体験する

男性園長に、いやいや一日保育士体験を命ぜられた体育会系の父親が、お昼寝の時間に、寝付かせようと娘の背中をトントンしていて、ふと「おとうさん、ありがとう」と言われて、涙し、「やってよかった」と言って園長に言って帰っていった。父親が、自分のいい人間性を体験する。子育ては、親たちが自分の良い人間性に感動すること。こういう体験を積み重ねて、人間社会は成り立っている。

 

メール二通、と返信

講演会を聴講させて頂いたM.Hと申します。

先日は、茅野市立北部中学校での講演をありがとうございました。実は、私は松居さんの講演は、2回目でした。茅野市立北山保育園に子供が在園中にも一度聴講させて頂いておりました。

最後に本当は質問がしたかったのですが、あの場でこういった質問をしてよいものか疑問に感じた為、松居さんのホームページから、質問させて頂く事にしました。

夏休み明け前から、全国的に中学生などの自殺のニュースなどが飛び交っていました。

学期始めなので、不登校などいろんな問題が起きる時期ではありますが、日にちが変わろうとする前のニュースの最後に「明日学校へ行きたくないと思った君たちへ」(すみません、おそらくタイトルは違うかもしれませんが、このようなニュアンスの題名でした)といった感じで、何らかの理由で不登校になってしまった子供たちへ向けたメッセージが流れていました。「学校へ行きたくなければ、行かなくていいです」と言う内容がとてもひっかかりました。

 

ある図書館の司書の方が、学校へ行きたくなければ図書館へいらっしゃいとおっしゃっていらっしゃいました。図書館なら、一日居ても誰も何も言いませんと。私は子供が一人で学校へ行く時間に、違う場所に居たら、声を掛けるべきだと思っていたので、そのメッセージもしっくりと来ませんでした。他人様の子供であっても、悪い事や危ない事をしていれば、少なからず注意をしたいと常日頃考えていて、やってきました。

これらのメッセージが「今ある辛い事から逃げる事は決して悪い事ではないよ。今見えている世界が世の中全部の事ではなく、生きていれば違う世界だってあるんだよ。」という事が言いたいのだろうな…、という事はなんとなくは分かるのですが、学校を無断で休むことはいけないと言う認識の中で教育を受けて来ている私の様な親や子供たちに、「学校へ行きたくなければ行かなくて良いのだよ。」と、突然言われても、その認識を取り去る事が出来ない限り、罪悪感に襲われる事は間違いないと思うのです。

私の様な親は考えが古くて、不登校の子供を傷付けてしまうのかもしれませんが、わたしはやっぱり不登校は原因が学校の中にあったとしても、一番は家庭の、家族の問題なのかなぁ…と感じてしまうのです。

学校へ行かずに逃げて、また次の所でもうまくいかずに逃げて…結局、立ち向かう事を学ばないで大人になった時、苦労するのはその子供自身なのではないかなぁ…と感じてしまいます。

だから酷な事だとは思っても、自分の子供には立ち向かう事をついつい、勧めてしまいます。

パパもママも一緒に戦うよ!と。

もちろん、自分の子供が加害者になる事だってあると思っているので、その時の事も考え、子供とそういった事も話したりします。

友達にそういった事を話すと、「でも、子供によって強くいえる子と、そうでない子も居るから、一概に立ち向かえ!と言うのは難しいよね…」と言われ、自分が子供に教えている事は子供には酷な事なのかなぁ…と、感じる事もあります。

話が長くなってしまい申し訳ないのですが、松居さんはこの子供たちの自殺問題や世の中の対応の仕方について、どの様に感じ、どの様な考えをお持ちでしょうか?

お時間のある時で構いません。お聞かせ頂けたら、有難いです。最後までお読み頂いてありがとうございます。そして、講演をありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

M.H様

ご指摘の違和感、私も感じていました。

大人たちが、懸命に対処しようとしているのはわかりますが、子どもたちの悩みは質も深さも種類も様々で、一律にこうすればいいのでは、ということは出来ません。だから私は、「子育ては親がオロオロしていれば、だいじょうぶ」といういい方をします。「オロオロ」に無限の可能性と余韻を求めて…。

最近、多くの人々がどこかに正解があるように教え込まれ、それを仕組みの中に探そうとします。それをマスコミが、とにかく色々報じようとする。ところが、親たちだけでなく、仕組みも混乱している。

(学校に行きたくなければ図書館があります、という語りかけは、元々アメリカで始まったものですが、アメリカの公教育ではイジメも暴力事件も日本とはその規模と次元が違います。都市部では、殺された友人が居る、と答える高校生がクラスで半数という学校があります。そういうことも同時に報道されるといいのですが。)

学校教育ははじめからかなり不自然な仕組みで、それを絶対的に認めてしまうと永遠に答えは出ない。その対処が、逆に問題を大きくしてゆく場合が多い。特に、学校教育や福祉といった人間性を補う最近出来た仕組みは、親が親らしいという前提のもとに作られているので、それを忘れると負の連鎖に入ってしまいます。

私には「親がその子の幼児期、本質を知り、本気で心配していれば、どういうやり方でもいい」、という答えしか出ない。子どもにとっての環境は主に他の子供たち。すなわち、他の子どもたちの親たちがどういう親か、が「環境」です。ですから、親たちが幼児期の自分の子どもになるべく接し、成長をみんなで「祝う」機会を復活させてゆくのがいいと思います。

幼稚園や保育園の卒園式に来る父親が増えています。みんな気づき始めている、求め始めている、と考えるようにしています。

不登校の問題に関して、親が子どもに何をどう薦めるか、は親にとっては「賭け」のようなところがあって、やってみて「祈る」しかない。昔からそうだったと思います。この「祈り」が通じるためにも、子どもが生れて数年間親はその子の成長を『祝い』続けなければならない、そんなことが隠された法則のような気がします。

そして、もし親が児童文学に興味があれば、時々「長くつしたのピッピ」(リンドグレーン作)や「農場の少年」(ワイルダー作)を読んで、学校の位置づけを思い出すといいのかもしれません。いい児童文学は子どもの視点を憶い出させてくれます。読み聞かせると、感性をシェアすることができます。

少し書きにくいのですが、自殺について。

太宰、川端、三嶋、ヘミングウェー、未遂も含めれば、シューマン、チャイコフスキー、ベートーベンも危うかった。

「感性豊かな子ども」を教育が求め、自殺の多さを問題視するのは、たしかに矛盾していると思うのです。その辺に、「教育」のごまかしや浅さ、限界を感じます。もし真剣に生きなければ、感受性が強くなければ、そこまで追い詰められることはないかもしれない。いい加減に、適当に、鈍感に生きていれば、そんなことにはならないかもしれない。

知恵として、手段として、時々「いい加減に、適当に、鈍感」になることは大切だと思うのですが、そういう言い方はあまりしない。

学校に行きたくない、というのは、学校の不自然さに社会全体の感受性や責任感のなさが加わった現在の環境に対する、感性ある、ある種のことに敏感な子どもたちの「反応」なのだと思います。私たちの育った時代とは、すでに学校の雰囲気や、人々の心の中での学校の位置づけが違うのだと思います。だから、それをリアルに体験していない者としては、助言がとても難しい。

ただ、多くの子どもたちが新学期を楽しみにしているわけで、そのことに対して親たちがもっと感謝すれば、それが一番いいことなのだと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

松居 和 様

 

早速のお返事ありがとうございます。松居さんに頂いたお返事を、先日の講演会に一緒に参加した主人と共に読ませて頂きました。

感受性豊かな子供達が、今の社会に敏感に反応している…ずっと閊えていたものが一瞬にして消えました。

そうですね。確かに。

繊細が故に、沢山の事を想い感じ、考え、自分で苦しくなっていってしまう。

松居さんのお話を受け、主人と話したのですが、やはり親の在り方が一番おかしくなり、それに応えようとおかしな仕組みが出来、子供ではなく自分達を守らなくてはいけなくなった学校の在り方もおかしくなった。学校の先生はどんどんと追い込まれていき、先生方も苦しい環境に考え方がおかしくなる。表面上では親も、先生も、学校も「子供」を守るとしているものの、蓋を開けてみれば子供は守られていない。まさしく、松居さんのおっしゃる負の連鎖ですね。

私の中学時代も今とは異なるものでしたので、時々子供に話はするものの、時代背景が違うので言葉や内容を選びながら話す事が多々あります。

私は部活は剣道部に所属し、とにかく稽古がきつかった。部員全員が一致団結していないと、精神的に崩れてしまう様な気がして、とにかく部員の絆は深かった。顧問の先生はとにかく「怖い」という印象しかなく、先生が用意した遠征試合などに「行きたくないなぁ…」などという態度が少しでも見られれば、頬をビンタされていました。礼儀と志についてはとにかく厳しかった。皆で、「絶対にあいつ(顧問)には負けない!」という思い一心で中学の三年間を過ごしたのが懐かしいです。

それでも、顧問の先生は夏休みの10日間を除いて、毎日の朝、午後の練習、土日の練習、そして公式試合が試験期間に近ければ、親に向けて稽古の承諾書と、試験期間は子供たちの勉強は自分が見ますというお知らせを書いてくれ、試験前、期間中の部員の勉強は集中して2時間稽古をした後に、お弁当を食べ、顧問の先生と一緒に試験勉強をするなど、とにかく剣道と子供たちにずっと目を向けていてくれました。

「私たちが一生懸命に剣道に打ち込めるのは理解してくれる親御さんが居るからだ!だから、お前たちが剣道の練習量のせいで学業の成績を下げるという事は許されない。」という事を三年間ずっと聞かされていました。

そして、親もそういう状況に物申さず、承諾してくれてお弁当を作ってくれたり、朝早く送り出してくれたりと、私達子供に目を向けていてくれました。顧問の先生はそれを私達子供にだけ「やれ!」という形ではなく、自分が子供達と一緒になって苦労する事をしてくれていました。剣道で怪我をすれば、病院へ連れて行ってくれたり、どうやったら怪我が少しでも早く治るかなど考えてくれたり…。おそらく、親よりも長い時間一緒に居た様な気がします。

そして、学校の先生方全員が、生徒の色んな情報を共有してくれていたのも覚えています。怪我や病気をすれば、学年の違う先生から声を掛けられたり、けがをした時に、病院へ付き添ってくれたり、剣道部では無いのに、手が空いていれば学年、部活の垣根を越えて生徒の為に、他の先生の為に動いてくれていたのだと思います。だから本当に大嫌いな顧問でしたが(笑)愛情を感じていて、高校生になっても中学校へ足を運んでいました。もちろん、親に反抗もしましたが、何かあれば親がついていてくれる…という安心感が心のどこかにずっと有った気がします。そして感謝しています。

現在、顧問の先生は神奈川県の中学校で副校長先生をやられていると伺いました。

卒業する時に、「君たちはこの三年間、この厳しい稽古に耐えて来られたのだから、これから先ちょっとやそっとの事でへこたれる事は無いと思う。恐らく、大学生位までは大丈夫なはずだ。だから、やって来た事に胸を張って前に進んで行きなさい。」と言われたのを今でも覚えています。ですから、本当に子供時代は幸せだったと感じています。

今はこういった経験を子供たちにさせる事はほぼ出来ないので、自分達親がこういった環境を作ってやろうね…そんな風に夫婦で話しています。

またニュースの話になりますが、2020年の東京オリンピックに向けて日本の「おもてなし」を子供達にもしっかり学んでもらおう…という事で、各小学校に、おもてなしのプロフェッショナルを迎えて講義をして頂く…というのがやっていました。一瞬で終わったニュースでしたが、疑問がいっぱいです。

本来ならそんなもの親が教えていくもの。近所の人達で教えていくもので、「元気に相手の目を見て挨拶をする」なんて事は、小学生に上がる前にはできる事だったはず。

それを税金を使って全国教えて回るなんて、一体何事だろうと…。

親の存在は一体なんなのか?

子供の前に、親を教育する必要があるのではないか?

日本には「おもてなし」の心が有ると、オリンピック招致スピーチの時にプレゼンしたはずなのに、おもてなしの心は日本に浸透していないではないか…。後付けの内容で呆れてしまいました。世界中に嘘のスピーチをしたのも同然です。こんな世の中であっても、望みを捨てずに講演を続けていらっしゃる松居さんに感謝しています。

松居さんの講演を聞いての、学校の先生方の意見や感想も親としては聞いてみたいなぁ…という思いが有ります。そして、松居さんの講演は学校関係者だけでなく、命の産声が上がる、医療機関の方々にもぜひ聞いて頂きたい内容だと強く感じています。

私自身、どちらかというと白黒つけなくては気が済まない性格が災いする事が有るので、子供達にも少々その気があるな…と、感じ反省する事もあります。中学生の娘には、自分の事を棚に上げて、「こうでなければいけない!と常に周りの物事に対してイライラしていると、自分が苦しくなってしまうよ!」なんて助言をしたりしています。

私も、「オロオロ」して子育てに、自分育てに奮闘します。

「長くつしたのピッピ」や「農場の少年」、私も購入して読んでみます。

以前、スウェーデンへ訪れた際に、長くつしたのピッピは本当に国内中に溢れていて、国民に愛されているのだなぁ?という事を感じました。私は子供の頃読書はあまりせず、得意ではありませんでしたが、自分たちの子供には小さな頃から絵本の読み聞かせをしてきました。そしたら親の半面教師でしょうか…本が大好きな姉弟になっています。おもちゃやゲームの類はほとんど買いませんが、本は財産になるから良いよ…と、家族で共有しながら本を楽しんでいます。

お時間を作ってお返事を下さり、本当にありがとうございます。

H.M

 

―――――――――――――――――――

松居和様

 

いつも「シャクティ日記」を拝読し、参考にさせていただいております、大阪市在住のK.I.と申します。

今年に入ってから、なんとなく手に取った「愛着障害」についての本をいくつか読み、ネット上でも「愛着障害」について色々検索していく内に「シャクティ日記」と出会いました。

私は子どもを0歳児から保育園に預けて働いていましたが、愛着障害についての本や「シャクティ日記」に出会ったことをきっかけに、先月末で退職して現在2歳4ヶ月の子どもと、家で過ごしています。保育園では概ね楽しく過ごせていたようで、大好きな先生方やお友達を作ることができました。私と二人だけで過ごしていては経験できなかったことも沢山ありました。

保育園に通わせているお母さん方の中に、「子どもと家でずっといるのは私には無理」だとおっしゃる方が沢山いて、経済的な理由で預けていらっしゃる方の方が少ないのではないかと思いました(厳密に言うとうちもそうです)。

また、専門職で、子どもを産む前からその分野で社会貢献することに強いこだわりのあった先輩もいて、現在二人目を出産したばかりですが、子育てだけに「縛られる」ことは良くないと考えていらっしゃるようです。

私自身、仕事を辞めるにあたって相当悩みましたが、結局何が正解なのか見えてこず、人によって外で働くことでバランスが取れているのであれば、それはそれで間違った選択肢ではないように感じています。

でも、あくまでもこれは身近な現実のみを見て感じていることなので、このままでは将来、松居先生が危惧されているような事態が起こってくるのでしょうか?

末筆ながらますますのご活躍をお祈り申し上げます。

K.I

ーーーーーーーーーーーー

お手紙ありがとうございます。

とてもよくわかります。

保育園で0歳から育ったから、必ず子どもがこうなる、ああなるということではないのです。たぶんもっと不自然な環境で、例えば貧困とか、戦争とか、不慮の事故とか、思いもよらない環境で立派に育つ子どもはいくらでもいました。でも、それは社会にそうした状況を補いあう人間関係があれば、ということだった気がします。

いま先進国社会で起こっている状況、特に親心の希薄化が原因になって起こる保育の質の低下はブログに繰り返し書いている通りで、そういう保育士の当たり外れが激しくなっている状況を知れば、三歳未満児は預けない親たちは相当数いると思うのです。社会全体の変化のことを言えば、カナダで行われた調査などを見ると、やはり保育施設の普及による愛着関係の不足は、社会全体が荒れてゆく大きな原因になっているのだと思います。

http://itsumikakefuda.com/child_Quebec.html

私の視点は、どちらかと言うと、子育てを、子どもがどう育つかということより、「親たちの体験」と捉えて、子育てとキャリアの両立ということはあり得ない、その体験をするか、しないか、であって、出来ることなら乳幼児とのこの体験だけはなるべく多くの人たちがした方がいいのではないか。そういう空気が感じられる社会であってほしい、ということなのです。

確かに、子どもとずっと二人きりで一緒にいるのは、不自然だし、無理と思っても普通だと思います。3、4人の大人たちが一緒に、または入れ替わり立ち替わり、見守る、それが人類の歴史だったと思います。子育て支援センターを中心に、親子を引き離さない施策を中心にやっていけばいいのだと思います。そういう方法で、幼児たちの願いを優先して未満児保育を行って行けば、保育はまだ成り立つ可能性を持っていると思います。

このままでは、家庭も保育も学校も、共倒れのようになってゆく。それだけはなんとか防がないと、という気持ちでやっています。

二歳四ヶ月、羨ましいです。

松居

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(親たちにハッキリ発言し始めた、ある下町の園長から)
昨日、全体保護者会・父母会を行ったのですが、参加が出来なかった数人の親御さんから「参加できずにすみませんでした。」との言葉を初めて頂きました。
保護者会では家庭にとって厳しい話もしましたが、「我が子のため」が伝わると皆さんうつむきからうなずきに変わりました。
父母会では、ただただ親御さんのご苦労と感謝の意、加えて大人の繋がりが子どもの安心に繋がる話を述べさせて頂いたら、今年度の役員を受けてくださる方が直ぐに決まりました。
27年度の利用者アンケートでは、初めて不満が0になりました(もちろん細かい部分でのご意見は頂いていますが(笑))
和先生と出会い、JCを通じて一緒に事業を行い、平行して園の組織改革を行い、親心を喚起する意識を職員に植え込み、親御さんには敢えて入園前に厳しいことを伝えさせて頂くことで、子育て環境(家庭と園との両輪関係)がこんなにも変わるんだということが実感に繋がっています。
先生には本当に感謝しております!
今後ともご指導のほど宜しくお願い致します。

(サンキュー、嬉しいです。現場のちょっとした積み重ねで、ずいぶん国の空気が変わってくるのだと思います。よろしくお願いいたします。)

 

より良い生活(Better Life)の幻想

25年前に書いた文章に少し加えます。日本で、状況がここまで進むには、まだこれから20年くらいかかるかもしれません。日本の状況は欧米に比べまだそれほど、いい。ひょっとして、こういう状況になることは避けられるのかもしれない。そうあってほしいと思います。いま、欧米の失敗に学んで、「民主主義も、学校も、幼稚園・保育園も、そして福祉さえも、親が親らしい、という前提の元に作られていること」そして、「その親を育てるのは、子どもたち、特に幼児期はその働きが強いこと」を思い出せば、この国なら、「先進国における社会現象としての家庭崩壊の流れ」はくい止められるかもしれない、と思うのです。

 

images-10

「より良い生活(Better Life)の幻想」

こんなことはアメリカに住んでニュースでも見ていないと知らないことだと思うのですが、(25年前)すでに、シカゴの公立学校で働く教師の45%が自分の子どもを私立学校に通わせていました。私立学校にかかる費用の高さを考えると、これは公立学校に対する大変な不信です。公立学校の学級崩壊や治安の悪さを目の当たりにし、公立学校の先生の半数近くが公教育を見限っていたのです。

自分の子どもを私立学校に行かせるために、公立学校で共働きをしている夫婦がインタビューに答えていました。

ここに米国政府発表による、1992年共働きに関する調査結果があります。一般的な家庭における、共働きと家庭経済、そして子育ての相関関係をよく表している調査でした。

 

共働きが社会に定着する前、人々(特に中流家庭の人々)は主に「より良い暮らし(Better Life) がしたい」という理由で共働きを始めました。

やがて共働きが社会に定着すると、多くの親達がごく自然に子育てを学校に依存するようになりました。親子が過ごす時間が減り、子どもに無関心無責任でいられる親達が増えると、家庭で行われていたはずの躾けがいつの間にか、学校の役割になっていきます。結果的に(教師の精神的健康を守るための)画一的教育が出来なくなり学級崩壊・学校崩壊、「公立学校の極端な質の低下」を招いてしまいました。学校教育という仕組みが、これほど脆いものだったことに誰も気づかなかったのかもしれません。学校が教師の精神的健康で成り立つという実感が足りなかったのかもしれません。

その結果、子どもの将来に関心を持つアメリカの親達は、環境の選択として、子どもを私立学校に通わせざるをえない情況に追い込まれました。そして、私立学校に対する需要の増加は「私立学校にかかる費用の増加」につながっていきました。需要と供給の関係です。

(今から三十五年ほど前にアメリカで、金儲けをしたければ私立学校を開け、といわれるほど私立学校が増えた時期がありました。その多くが、厳しい校則、躾けと道徳教育を宣伝文句にしていました。親の子育て力が弱ってきていたのです。そこに市場原理が働き、やがて大学のサービス産業化を促し、現在の一流の大学なら年に500万円といわれる授業料の高騰に連鎖していきます。)

 

子どもに、より安全で質の高い教育を受けさせようと思えば、私立学校に行かせるために夫婦で共働きをせざるをえない。家庭で子育てをしたいと思う母親であっても、それが出来ない、という悪循環を招いてしまったのです。

私立学校に子どもを通わせるための教育費の増加は、共働きが今ほど盛んでなかったころの父親だけが働いていた家庭よりも、結果的に家庭の経済状況を悪くし、社会的に見ればそれが家庭崩壊にもつながってゆくという、非常に皮肉な結果を招いてしまったのです。

「より良い暮らしがしたい」

「共働き」

「親子関係の質の変化。愛着関係の希薄化」

「子育ての学校依存」

「教師の精神的健康が保てなくなる。教師の不足」

「公立学校の質の低下」

「私立学校に行かさざるをえない」

「私立学校にかかる費用の高騰」

「共働きをしないと私立学校に行かせることが出来ない」

「自分の手で子どもを育てたくても、出来ない」

「子どもの将来を考える親にとっては、共働きをしても、良い暮らしにならなかった」
images-10

ここで、その調査は問うのです。「良い暮らし」とは一体何だったのか?

たとえそれが、経済的に豊かになることであっても、人間関係が豊かになることであっても、アメリカにおける共働きという手段で行われた「より良い暮らし」の追及は失敗に終わっているのです。米政府の発表したレポートは主として経済的な点に焦点を合わせ、「共働きによって我々の台所は豊かにならなかった」と結論づけていましたが、その背後に生まれた新たな問題、失ったものは、経済的なもの以上に大きかったのだと思います。

(アメリカの失敗を知っているからこそ、いま日本で政府が進める、4万人しか待機児童がいないのに、保育園で三歳未満児を預かる受け皿をあと50万人用意する、そうすれば女性が輝く、という労働施策が危うく見えるのです。20年前経済財政諮問会議が言った「保育園で子どもを預かって全ての女性が働けば、それによる税収の方が保育全体にかかる費用ようりも大きい」という進言は、あまりにも単純で浅い。欧米志向の学者が机上の経済論で進めようとする施策にはよほど気をつけなければいけない。経済的豊かさを求めても、「子育て」という、「人間の生き方に深く関わってきた行為」を軽んじると、結果的に、多くの人たちが経済的にも、より貧しくなる可能性が高いのです。)

 

60年代、70年代に、マスコミや進歩派が作ったイメージを大衆が追いかけ、気づいてみれば家庭という社会基盤を失いかけているアメリカ社会は、いま苦しみの中で自問しています。「より良い生活(Better Life)」とは何だったのか。

確かにアメリカが好景気と言われたこともありました。しかし国としての経済状況が良くても、中流以下の生活レベルはここ三十年間で確実に落ちています。(私がこの文章を書いた時、10%の人が86%の富を握っていると言われていました。)アメリカ社会における好景気は、あくまでも強い者が勝つというパワーゲームの論理が、格差社会を生みつつも、社会全体の景気という面では時々機能するという資本主義の一面を見せているに過ぎません。日本の経済学者が「アメリカはこうだから、日本も真似しなければいけない」と言い、当時、自由競争、市場原理、実力主義、起業家精神といった強者の論理を景気対策として政府に薦めているのを見る度に、私は、この人たちは、本当のアメリカを見ていない、と思ったのです。

 

(数字で考える経済学者や、場当たり的なタレント評論家の話を鵜呑みにし、終身雇用を廃止し、リストラや年俸制といった欧米式の実力主義を都合に合わせて取り入れていった経営者達は、実力主義の社会では、先輩が後輩を育てない、というごく初歩的な現実にさえ気づいていなかったと思います。

将来自分の敵になる可能性を持つ新入社員に、一生懸命仕事を教える人はそんなにいないのです。日本が国として、精神的にも経済的にもそれまで成功して来たのは、社会の隅々にまで浸透していた次世代育成能力、疑似親子関係、という欧米社会にはあまり見られない特殊な生活習慣のおかげだったのです。自分の地位が確保されてこそ、人間は次の世代を育てる、この日本独自の伝承基盤を失うことの危険性に経営者達はその頃気づいていたのでしょうか。

実力社会における師弟関係の崩壊と、家庭における親子関係の崩壊がパラレルであることは欧米社会を見れば明らかです。実力社会になって日本の経済が国として一時的に上向いたとしても、それによって家庭崩壊が加速し幼児虐待が増えたのでは、将来に負担を残すことになる。社会としては不幸な状況です。経済的に「より良い暮らし」を求めない方が、経済的にいい結果が出ることもある。数字だけを見ずに、欲を捨てることに教えの中心を置いた仏教的理念を、もう一度「子育て」を通して思い出す時が来ているのではないでしょうか。)

アメリカの 中流家庭が、この「より良い暮らし」という抽象的な言葉に踊らされ何を失ったかを考える時、景気が悪くても、貧乏をしていても、多くの人達が親子関係を軸にした家庭を守っていた日本の状況が、私には輝いて見えました。人権とか平等とか言いながら、幸福度を、地位や豊かさで計ろうとする欧米流のやり方に、この国の文化はよくここまで抵抗してきたと思います。経済的に状況が悪くても、内側から崩壊しない国の方が堅固で、より多くの幸福者を生み出すのだと思うからです。

 

(いま、子ども・子育て支援新制度という「雇用労働施策」に、日本の魂のインフラが揺るがされています。11時間保育を「標準」と名付けたこの制度は、日本の親子関係の定義を根本から変えようとしている。その危険性に、政治家達が早く気づいてほしい。)

image s-6

もう一つ、社会において家庭という幸福感の土台が崩れた時に起こる悪循環の例を挙げましょう。これは主として「自立」という言葉に社会が踊らされることに始まります。

六割以上の結婚が離婚に終わるアメリカで、子どもの将来を心配する親達が娘に送るアドバイスの一つに、「経済的に自立していなさい。離婚しても困らないように手に職を持つとか良く考えて、夫の収入に頼ることのない人生を心がけなさい」というのがあります。この考え方はすでにアメリカ社会では常識と言っても良いでしょう。

当時、すでに三割が未婚の母から生まれ、子どもが18歳になるまでに40%の親が離婚するという現実がありました。社会の流れを見れば、その確率は引き続き高くなるはず。離婚や、娘がシングルマザーになることを前提としたアドバイスも、子どもの幸せを願う親としては仕方のないことだと思います。

しかし、こうした親達のアドバイスがますます家庭に対する価値観、家族同士の絆意識を弱めていくのもまた現実です。悪い方向に向かっている社会現象に子どもの将来を思って親が対応することが、その社会現象の進み具合をより早めてしまう。この悪循環の根底には常に、子育てをシステム化(社会化・産業化)しようとした経済の仕組みと、子育てが親の幸福感で成り立っていた家庭との根本的矛盾、すれ違いがあるのです。

人間は一人では生きられない、絶対に自立できないことが「家庭・家族」という社会の基盤となる幸福論を支えてきたことを思い出す必要があると思います。この国の個性や存在意義を守ることはできないと思います。

 

似たような悪循環のサイクルが、幼児虐待や、歪んだ愛情表現でもある近親相姦の急増、幸せを求め、子どもを産みたくて産む少女たちの増加、生活保護を受ける家庭の増加、といった現代アメリカを象徴する数々の現象の中に見られます。(ヨーロッパでも同じようなことが起こっています。http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=976)

孤立が自立を余儀なくし、自立が一層の孤立を生む社会構造がそこにはあります。そして結果的に、「自立」という言葉がもてはやされる時、必ず犠牲になるのは「自立していないことで、その社会的役割を果たそうとする」子ども達です。

親たち、特に父親たちと幼児たちとの付き合いが希薄になると、「子どもの幸せを優先する」という人間社会の求心的な力が弱まっていきます。これは欧米社会に私が見た現実であって、どんなに美しく賢いことを言っても教育を使って「自立」を目指すことは、やがて次の世代の子育て放棄につながって行きます。

 

images-1

 

ーーーーーーーーーーーここからは、子育てにおける損得勘定がいまに続く話、現在の話です。ーーーーーーー

 

いま、アメリカの中流・高学歴層の女性の間で専業主婦回帰が進んでいます。すでに、専業主婦になれる環境、つまり両親が揃っていて、父親にある程度の収入がある、という家庭が全体の半数を切っていることを考えると、専業主婦になれる環境にある女性の一割以上が、ここ10年くらいの間に、新たに専業主婦に回帰しているのです。豊かさを目指すだけでは幸せになれないことに気づき、子育てに新たな魅力を感じる人が増え、それに伴いマスコミでも専業主婦の幸福論が堂々と語られるようになったこともあります。しかし、独特な損得勘定もそこに働いているのです。

image s-6

母親が、自分のキャリアよりも子育てに専念して、子どもに丁寧に、しっかり無理なく、将来に意欲を持つように勉強させ、子どもが大学に行った時にフルスカラシップ(全額奨学金)を獲得できれば、それまでに夫婦共働きで一家が得る収入より「お得」という計算が成り立ち始めている。それほど、アメリカの大学は費用が高騰していることがその背景にあります。

親が支払うか、卒業後に子どもが数千万円の借金を抱え込むより、トップ5%くらいの成績に子どもを高校卒業までに押し上げ、返済不要の奨学金を内申書で勝ち取ったほうが得だと気付いた親たちが、いわゆる「サッカーママ」「ティーパーティー」に代表される保守といわれる主婦層をつくりはじめている。しかも、その時点の損得勘定だけではなく、子どもが意欲を持っていい大学を優秀な成績で卒業すれば、いい就職ができる可能性が高くなり、後々の人生も安定する。子どもの一生を考えればその利権は計り知れないというのです。その経済的価値は、夫婦が共働きをして得る収入よりはるかに大きい。しかも、そうしているうちに、親子の絆が自然にしっかりと育てば、ひょっとして、親の老後も、三世代一緒に輝くかもしれません。これは、とても現実的かつ合理的選択だと、私も思います。

三十年前に「金儲けがしたければ、私立学校を作れ」と言われた時代の「親の子育て依存」が、貧富の格差の急速な広がりとともに大学の学費の高騰を招き、その結果、市場原理、損得勘定が働いているとはいえ、人間の幸福の見つけ方としては原点回帰が始まっている。大学教育を一つの利権とし、勝ち組の中で伝統的家庭観が一周し、戻ってきているのです。

 

しかし、格差社会で取り残された層は、いつまでもそこから抜けられない。競争原理や市場原理が機能する余裕さえもうそこにはない。そのイライラが、犯罪やテロ、トランプ支持現象にも現れいる。共和党の大統領候補に選ばれたトランプ氏があれだけ女性蔑視や、異教徒、異人種に対する偏見をあからさまに発言しても、支持率が4割近くあるのです。

底辺から抜けられず、しかも「自分の人生に納得が行く方法」(子育て)を奪われた階層の怒りが、そこに表れてきているような気がしてなりません。

image s-5

 

(八月四日、今日は、俳優・渥美清さんの命日です。私も寅さんにはずいぶんお世話になった人間です。もちろん、映画を通してです。ですから、時々帝釈天のルンピニー幼稚園で講演させていただき、参道の鰻屋さんで園長先生(帝釈天のお嬢さん)にうなぎをご馳走になったいすると、つい嬉しくなります。その寅さんが逝って20年になります。寅さんが守ろうとしてくれた美しい日本が、政治家達の閣議決定によって壊されようとしている。そんな気がしてなりません。)

ホームスクール(学校教育システムの否定)・第三世界型学校教育・ベトナム難民の子どもたち

2016年8月
ここ数回、ブログに以前著書に書いた文章にいく行か足して、再考し、書いています。いまの日本は、家庭崩壊・学校崩壊という側面から数字的に見ればアメリカの60年くらい前の状況だと思います。だから、20年前に書いた文章が、日本のこの先20年後を暗示しているような感じがするのです。

 

ホームスクール (学校教育システムの否定)

義務教育があるかぎり、子供たちはある年齢に達すると、親の手を離れ、学校で友達から様々な影響を受けるようになります。良い影響もありますが、当然、悪い影響もあります。義務教育が普及した国では、親の趣味や意志どおりには子育てができ難くなったのです。これは、人類にとって初めての経験です。同年代の子ども達を長期間一緒にすれば、場合によっては、友達から受ける影響の方が、親から受ける影響より強くなっても不思議ではない。年頃になって、そこに恋愛感情が入ればなおさらでしょう。子どもの成長が、家族ではなく、これほど社会状況に影響されるようになったのも、巨大な伝達媒体として機能する「義務教育」が存在するからです。

(義務教育が普及すると子育ての社会化によって家庭が崩壊し始め、それによって義務教育の崩壊が始まる。これは以前にも書いた、私が最初に書いた本のテーマだったのですが、1984年、米国政府は教育の問題を「国家の存続に関わる緊急かつ最重要問題」と定義し一年間大騒ぎしました。義務教育が普及し親の世代に50%だった高校の卒業率が72%になっていたにも拘わらず、子ども達の平均的学力が親のそれを下回った。国の歴史始まって以来初めての出来事でした。目的としたことの反対の結果が出たのです。しかもその年、高卒の非識字率が20%を越えたのです。義務教育や福祉が子育てに関わるようになることによって、「家庭」の機能を弱めてゆく。それに気づいて、うまく対処してゆかないと、経済活動という欲をエネルギーにする勝者の幸福論に引き込まれる。しかし、そのやり方では、一握りの人しか目的を達することができない。しかも、目的を達したとしても、「子育て」の環境が崩れてゆくと、結局幸福にはなれない。)

images-1

義務教育が普及してからも、ホームスクールという形で、親が子どもを家庭で教育するやりかたは、常にアメリカ社会に存在してきました。

学校がダーウィンの進化論を教えることが、聖書に書かれているアダムとイヴの話に反するという宗教的理由で公立学校に子どもを通わせない親達の存在は、大統領が聖書に手を置いて宣誓する国で、ある種の賞賛を以て容認されてきました。

1970年に12500人の子どもが、家で親から教育を受けていました。この数字が、1990年には30万人に急増し、それが2000年に150万人、30年間に100倍以上に増えたのです。(この30年間の変化は、児童虐待の数とか、少年犯罪の増加など、様々な変化と連動しています。現在の日本はその数歩手前に居る、と私は考えています。)

1.5%、65人に一人の子どもが学校に行かず、親から学問を学ぶ、これはもはや宗教的理由ではない、親達の学校に対する強烈な不信感を物語っているのです。

自分の子どもに教えるという非常に忍耐力のいる役割を自ら引き受ける、それだけでも相当な覚悟がいるでしょう。共稼ぎが主体になっている社会で、経済的な面を考えても、また、社会進出が当たり前という女性心理から言っても、加えて、シングルペアレントの割合いの多さを考慮しても、これは日本人が考えるよりはるかに大変な数字なのです。ホームスクールをやりたくても出来ない親、そして教育が「義務」であることを考えれば、数字に現われない、潜在的な学校不信は想像以上のものでしょう。

1993年、全ての州で、親に直接子どもを教育する権利が認められました。ほとんどの州で、親の学歴は問われません。親達がホームスクールを選択する主な理由は、30年前は宗教的理由でしたが、いまは子どもの身の安全、親子関係の深まり、望まない交友関係などです。その他特殊事情、例えば学校の授業進行が遅すぎる、早すぎる、身体的事情、精神的事情なども上げられていました。

ホームスクールをより現実的な選択肢に発達させた環境の変化として挙げられるのが、インターネットの普及、公立学校の施設利用が容易になったこと、教則本の発達、小グループの集まりを斡旋するシステムの発達などです。現在、ほとんどの州が、ホームスクーリングコーディネーターを用意し、家庭で子どもを教育したい、学校に子どもを行かせたくない親達の要求に、積極的に答えようとしています。

親達の学校否定の理由の中心が、学校の教育内容に対する不満から、「他の子ども達」という環境問題に移っている。「他の子ども達」は即ち「他の親達」、「他の親達の子育て」です。これは実は、学校の問題ではなく、親同士の問題なのです。学校はこの問題を構造的に生み出した要因であり、広まりを進める媒介役となっていますが、本質的には親達の問題なのです。

当時(20年前)日本で、日教組の教育研究全国集会がテレビで報道されていました。子ども達の代表を招いて意見を聴いたり、学校を魅力的なものにしようと論議していました。アメリカに住み、その現場を知っていた私は、本当に学校が子育てを引き受けちゃっていいのですか、という思いで見ていました。子ども達の要求のほとんどは、本来、人間関係としては、親に求められる種類のものであって、30人40人の子どもを相手に、1人の担任が応えられるものではないように思えたのです。

子どもをこういう討論会に参加させること自体が、私には理解出来ませんでした。その頃、NHKもよく子どもの意見を聞く番組を作っていました。子どもを参加させることで子どもの人権に理解があるのだという姿勢を見せているのでしょう。でも、こんな風に公共の電波を通して子どもに媚びを売っていいのでしょうか。子どもの人格を尊重すると言えば聞こえは良いですが、子どもの背後にいる親達のイメージを切り離していることがすでにとても不自然でした。

番組に出てくる子ども達が自分で働いて、食べているなら構いません。欧米のホームレスの子ども達のように、親に捨てられ、自分で生きようとしている子ども達の発言であれば懸命に聞くべきです。しかし、養ってもらっているのなら、親達も一緒に出すべきです。「ここに居る人に食べさせてもらっています」とお辞儀をして、それから、親の前で喋らせるべきです。それが本来の社会構造だと思います。「養う」「養われる」というのは、平等ではなくても、美しい関係です。それを子どもに意識させる、教えることは大切なのです。番組を見ていて、責任を伴わない空論の中に子ども達を呼び込んで、自分たちの人権意識の高さに酔っている識者たちが、ますます子ども達を甘やかしているように見えました。

「子どもの権利条約」は、それがなくては子どもを守れないほど子どもを囲む環境が悪化している国々の集まりで作られました。「受験戦争は子どもを苦しめている」などと呑気で平和な論争が行われている、世界で一番子どもを囲む環境が良い日本に、この条約を「進歩」の名で持ち込んだら、結局子ども達と人権屋さんを増長させ、個人主義を誤解した子どもが、やがてとんでもない親に育ってゆくのではないか。そんなことをしていたら、「子どもの権利条約」で子ども達を本当に守らなければならない社会に日本もやがてなるのかもしれない、と思いました。今は、「親としての幸福論」を社会から失わない努力をすべきではないでしょうか。欧米に対しては、条約で縛られなければ子どもの幸せが守れないレベルまで、日本はまだ落ちてはいない、と毅然とした態度で言うべきです。それが欧米に対しての日本の役割だと思います。

同じ全国集会で、叱らないで、まず誉める、という研究発表がされていました。叱った方が良い子どももいれば、叱らない方が良い子どももいるでしょう。叱るのが得意な先生もいれば、下手な先生もいるのです。おとなしい先生も、気の弱い先生も、まあまあ授業が出来る「形」を親たちが作る。それが義務教育のルールだと思います。どんな先生でも、まあまあ授業が出来る形を作るために必要なのは、親達の意識と、「形」を守ろうとする社会の厳しさです。おとなしい先生や気の弱い先生との出会いが、子どもの人生に良い影響を及ぼすことだっていくらでもあるのですから。

翌朝の新聞に載った見出しが、「固定観念捨て学校の改革を」です。いまこそ学校が本来の固定観念を再確認し、親達に学校というのは本来こういうものですから、と言わなければいけないのに、泥沼へ自分から入り込んでゆく観がありました。

「生きるちからをつける」なんて抽象論をまた教育要綱で言う。自分の子どもを育てるときに出てこないような言葉を、担任に押しつける、机上の空論もここまで来ると圧巻です。そんなことは私には出来ないと思う親達が、保育者や教師という一見「専門家」のように見える人たちに、ますます子育てを頼るようになるのです。「生きるちからをつける」「自主性」などという言葉を使って、子ども達を野放しにしたら、子ども達の「生きるちから」がますます弱まっていくことがなぜわからなかったのでしょうか。その結果、いま一生に一度も結婚しない男性が3割になろうとしています。

画一教育に順応できる子どもを親が育てないのなら、家庭に突き返すくらいの意志を学校が見せないと、いずれ心ある親達が学校に見切りをつけなければならない時代が、すぐそこまでやってきています。それとも、子育てに関する常識や秩序が崩れつつある今、もう親達に子育てを返すのは無理な社会状況なのでしょうか。それほど、日本の親達の意識の中で、家庭崩壊は進んでしまっているのでしょうか。

image s-2

第三世界型学校教育

学校教育と家庭の崩壊が一気に進んだ1990年代、中途退学者の急増、校内犯罪の増加、教師の質とモラルの低下など、あらゆる面で学校教育が崩壊寸前の危機に追い込まれていたシカゴで、何でもやってみるしかないという市長の決断で、周囲の反対を押切り、それまで学校の運営とカリキュラムの決定を行っていた教育委員全員を解雇し、教育委員会を解散、それぞれ個々の学校が父母と相談して各学校独自のカリキュラムの作成、運営を行っていく、という試みが実施に移されました。

長年のシステム化に次ぐシステム化によって硬直化してしまった学校教育を小規模に分割することで活性化しようというこの試みを、彼らは自ら、Third World School System(第三世界的-発展途上国的学校システム)と呼びました。ちょっと自虐的な、開き直りともいえるこの動きには、子どもを教育する責任は誰にあるのか、責任を誰がとるのか、教育委員会かなのか、教師なのか、親なのか、子ども自身なのか、という教育の原点をもう一度考え直してみようという、せっぱ詰まった危機感がありました。

カリキュラムの作成を任せ、学校の運営に参加させることによって、親達の役割をより大きなものにして行こうというこの試みは、親達の関心を即す具体策として興味深いものでした。

父母たちは、カリキュラムの作成、学校の運営に関しては素人です。それまで専門家が研究し、行ってきたことを、現場の教師たちとの協議の上とはいえ父母(素人)に任せることが、教育内容や運営の改善につながるとは思えません。しかし、そうした教育内容や運営形態の善し悪しよりも、父母達の目を子ども達に向けることの方が重要だ、とこの市長は考えたわけです。専門家達による様々な改革や試行錯誤の末、どうやってみても親達の関心なくしては学校は成り立たないということが明らかになったため、専門家の集まりである教育委員会の解散という象徴的非常処置をとったのです。

「専門家からの脱皮」ともいえるこの動きは、学校教育の内容よりも、「形」、在り方を重視しようというもので、学校教育システムが人間社会の形態をも変えようとしているいま、注目すべき象徴的試みでした。

images-4

ベトナム難民の子どもたち

40年前、私がアメリカに住み始めた時のことです。ロサンゼルスの公立高校を成績優秀者で卒業する子ども達に、ベトナム難民の子どもが異常に多い、という報告がされていました。数年前まで英語も満足に喋れなかった難民の子ども達が、20%の非識字率を出すアメリカの公立学校を、成績優秀で次々に卒業して行くのです。アジア系の子どもは一般に勉強が出来ます。アイビーリーグなどは既に四人に一人がアジア系の学生と言われています。これは別に頭が特別良いわけではなく、家庭がしっかりしているからなのですが、その中でもなぜベトナム難民の子どもに偏ったのか。ベトナム難民の親子は、戦争、難民という辛い体験を親子で乗り越えてきた人達です。親子で苦労したことによって家族の絆が強くなっている。「言葉」というのは人間関係によって質も重さも変わってきます。ベトナム難民の親が言う「勉強しなさい、頑張りなさい」という言葉は、普通の親が言う言葉よりはるかに重みがあるのです。そして、ここでもう一つ見過ごしてはならないのは、子どもが親の言うことをある程度無条件に受け入れる親子関係があれば、アメリカの学校がそのままでも機能する、ということなのです。

「プジェクト2000」国が用意するシステムと家庭の境界線

西暦二千年に向けて、20年ほど前にアメリカの首都で「プジェクト2000」という施策が始まった時のことを、今でもよく覚えています。当時全米で、すでに3人に1人の子どもが未婚の母から生まれ、ワシントンDCでは、子どものいる家庭の60%に、父親像となり得る男性がいないという状況になっていました。

「父親像となり得る男性がいない」この表現はとてもアメリカ的なのですが、母親がボーイフレンドや恋人と暮らしていれば、父親像となり得る男性がいると計算します。離婚、再婚、同棲、未婚の母が日常的になり、「実の父親」がいる家庭が少数派になった国で、肉身、血のつながりという概念は意味を失いつつありました。大人の男性が家庭にいれば、それが誰であれ、父親像となり得る男性がいる、そう計算しても、ワシントンDCやデトロイトでは60%の家庭に大人の男性がいなかったのです。

日本の首都で60%の子育て中の家庭に大人の男性がいない状況を想像してみてください。それは人類が一度も体験したことのない未知の情景です。それが今から20年前にアメリカの首都で起こっていた。すでに日常になっていた。

欧米諸国との対比がよく言われる昨今、こういう現実はもっと知られていていいと思います。特にいま、保育の仕組みがこれほど親子を引き離す方向に変えられようとしているのです。首相が国会で、40万人3歳未満児を保育園で預かる施策を発表し、そうすれば女性が輝く、「ヒラリー・クリントンがエールを送ってくれました」と去年言ったのです。ヒラリー・クリントンに褒められることがどういう意味を持つのか、現実を知り、考えるべきなのです。

ワシントン市が始めた「プロジェクト2000」は、「公立の小学校を使って子ども達に父親像を教えよう」というものでした。

男の子は家庭に父親像がないと、5歳、6歳からギャング化する、理不尽な序列を作ろうとする、という研究発表が同時にニュース番組で報道されていました。アメリカの小学校は伝統的に女性教師が多いので、ボランティアの男性に小学校に来てもらって、子ども達に大人の男性と接する機会を与えようというのです。(最初は、世の中で成功した男性を呼んでいたのですが、数年後、経済的成功だけではなく、良い仕事をしている男性も加えていきました。)

images-1

学校が、父親像を子どもに提供する、こんなサイエンスフィクションのようなプロジェクトがすでに20年前に存在して、その国を我々は「先進国」という名で呼んでいました。先進国社会で、国が用意するシステム(仕組み)と家庭との境界線がここまでわかりにくくなっている、そうせざるを得ない状況になっている、ということに我々はもっと注意を払うべきなのです。(一度そうなってしまったら、ほぼ、戻ることはできないのです。)

一番問題なのは、3人に1人のアメリカ人の男性が自分の子どもが生まれた瞬間から父親としての役割を果たそうとしていない、家庭に対する責任を持とうとしないということです。1ヶ月でも父親をやってみて、やっぱり嫌だ、うるさい、面倒くさい、それで放り出すのであれば、まだ理解できます。1年でも一緒に暮らしてみて、やっぱりこの女性と暮らすのは嫌だ、失敗した、そう言って離婚するのならまだ理解できます。3人に1人の男性がはじめから「子育て」に関わろうとしない、それが日常になっている。ここが尋常ではない。そうした家庭という概念の崩壊をアメリカで目の当たりにすると、日本における「できちゃった結婚」という言葉が輝いて見えるのです。できちゃったら、結婚する、この感覚は社会全体にとって大切な「いい感覚」なのです。

images-6

イギリスで現在4割、フランスで5割、スウェーデンで6割の子どもが未婚の母から生まれます。先進国社会の中に、自分たちの子どもを育てるということがひょっとすると人生の幸福につながるかもしれない、という「空気」が薄くなってきているのです。人類は何か大切なものを手放そうとしているのです。

アメリカ人の男性も幸せになりたいと思って生きている。人間は誰もが幸せになりたいと思って生きているはず。方法は人によって違うでしょう。しかし、もし社会に空気として、自分たちの子どもを一緒に育てるということが、ひょっとして自分の幸福に繋がるかもしれない、という漠然とした思いがあれば、やってみると思うのです。

やってみさえすれば、10人中10人が子育てに幸福を感じるようになるとは私も思いません。20人に1人、30人に1人はどうしても子育てに幸福を見つけることができない人、見つけたがらない親が昔からいたでしょう。それが人間というもの。それで進化するのかもしれません。しかし、社会の中に、自分の子どもを育てることにけっこう大切な、手っ取り早い幸せがあるのかもしれない、という空気があって、皆が何となくでもいいからその可能性に取り組めば、ほとんどの親達がそこに幸福感を見つけ続けようという気持ちになる。それが仕掛けだった。哺乳類である人間の本能だった。親は子育てを通して自分のいい人間性を体験し、そこに人生の目標を持てるはずだった。幸福感を媒体に子育を育てる、そのように遺伝子は仕組まれているのです。

過去と未来という概念を持つ唯一の種である人間にとって、子育てはまだ見ぬ未来への希望だったはずです。

親が自分の子どもを育てることに幸福感を見つけることができなかったら、人間社会は1000年も2000年も前に希望を失い、破綻していると思うのです。いま、先進国社会は「親達の(特に男達の)子育て放棄」という、希望を放棄する混沌の前兆期を迎えようとしている。それを理解して、この国は踏みとどまって欲しいのです。

 

http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=2851:“虐待入院”と愛着障害”

「政府がやる子育て?」「福祉の危険性 」「人間の愛と常識の崩壊 」

以下は、1999年に私が書いた文章です。「フランスでは37%の子どもが未婚の母から生まれます」とありますが、それがいま50%。スウェーデンでは60%です。欧米の家庭崩壊に歯止めがかからない。経済第一主義の施策によって、格差は広がり、犯罪は増え続けている。

「家庭崩壊・学級崩壊・学校崩壊」(松居 和著:エイデル研究所刊)より、

gakkyu

政府がやる子育て?

「養育費を払わない父親からは運転免許証を取り上げよう」、この法案は既に幾つかの州で通りました。クリントン大統領も公に支持しています。しかし、「子育て」は免許証を取り上げられるからやるものではありません。昨年(98年)、ウィスコンシン州で、子どもが犯した罪で親を罰するペアレンタル・ファインという法律が通りました。罰金を科せられるから子育てをやる、それでは困るのです。そこに幸福感があるから、ということでないと困るのです。

母子家庭が必ずしも悪いとは思いません。中日ドラゴンズの星野監督も、立浪選手も母子家庭だといいます。立派な人達のように思います。(私がなぜこの二人のことを覚えているかと言いますと、立浪選手の入団の時に星野監督が、母子家庭だから伸びる、と言ったことを覚えているからです。)ビートルズのジョン・レノンは、親に捨てられたような環境で育ちました。社会に子育てをする空気が備わっていれば、一人で頑張る母親を見て、親思いの、しっかりした子どもが育つことはよくあった。しかし、家庭崩壊が大きな流れとなってしまった先進国社会で、数字で見ると、例えば今、アメリカで少年法で服役している少年の70%が母子家庭から来ているとか、10代で少女が妊娠、出産する確率が母子家庭は両親が揃っている家庭の倍であるとか、いろいろな数字が出てきてしまう。アメリカでは母子家庭に問題があるんだと多くの人が平気で言い切るようになりました。

そうした世論を受けて、去年の1月にタレントという上院議員とフェアクロスという下院議員が日本の国会に当たる連邦議会にタレント・フェアクロス法案という法案を共同提出しました。要約すると、「21歳以下の未婚の女性が子どもを産んだ場合、生活保護費や福祉のお金を一切出さずに、その分を溜めておいて政府が孤児院を作り、そこに子どもを収容して育てよう」、親がいるにもかかわらず、政府が子どもを育てようという法案でした。母子家庭をここまで一律に否定する法案、まるで近未来映画に出てくるような法案が去年の1月に連邦議会に実際に提出されました。福祉はここまで進む可能性をもっている。

さすがにこの法案は議会で否決されました。しかし、提出した議員たちは、そうすることによって地元で票が得られるのです。議員というのは自分が次に当選できなくなることはあまりやらない。こういう乱暴な人権無視の考え方が、社会を良くするという理由で支持される、または支持される可能性を持った地域、階層が、すでに民主主義の国アメリカにあるのです。

タレント・フェアクロス法案は、親による子育てに見切りをつける、という点で画期的な法案でした。タイムマガジンでも、ニューズウイークでも、全国ネットのニュースでも話題になりました。ですから、日本の福祉学者や、アメリカに興味を持っている人達は皆知っている法案です。福祉はここまで行く可能性を持っているぞ、ということが日本に伝えられ、福祉政策を考える上で、なぜアメリカでこうした法案が提出されているかがもっと真剣に討論されるべきだと思います。実の親がいるにもかかわず、政府が孤児院をつくって、そこで子どもを育てるという法案が既にこの地球上で提出されているということ、全体主義の国ならいざ知らず、民主主義の国と呼ばれるアメリカで議案にのぼっているということ、これが今直視しなければならない先進国社会の現実なのです。

 

福祉の危険性

アメリカで33%の子どもが未婚の母から生まれているときに、イギリスで34%の子どもが未婚の母から生まれています。フランスでは37%の子どもが未婚の母から生まれます。福祉国家と言われているスウェーデンでは実に50%の子どもが未婚の母から生まれています。この数字は、一昨年(1997年)の1月1日の毎日新聞に載っていた数字です。その記事で、識者と思われる日本人のインタビュアーがスウェーデンの福祉学者にこんなことを言っている。

「スウェーデンでは50%の子ども達が未婚の母から生まれることができるのですね。福祉が進んでいるからですね」と、まるで良いことのように言うのです。福祉が進めば、必ず家庭は崩壊していきます。家庭が崩壊すると社会的秩序が保てなくなり犯罪や幼児虐待が爆発的に増えます。もはや大がかりな福祉で弱者を救うしか手立てがなくなります。この流れは欧米社会を見れば明らかです。私達は欧米型の福祉をただ闇雲に追いかける前に、50%の子どもが未婚の母から生まれることが一体どういうことなのか、良いことなのか、悪いことなのかという議論をまずしなければいけない。

50%の子どもが未婚の母から生まれるということは、50%の男性が家庭に人生の幸福観の中心を置かない、ということでもある。それでも子どもは育ちます。しかし、本当の意味で「親の人間性」が育つのでしょうか。大人が育つのでしょうか。もう少しこの辺を真剣に見据えて「福祉」や「教育」を考えないと、一度失うと取り戻せないものもあるのです。

アメリカやヨーロッパの福祉をそのまま日本に当てはめようとする現実の見えない福祉学者達、心理学や精神医学における欧米の試行錯誤を最先端の考え方として安易に日本に伝えようとする心理学者達、彼等が私達の生活に取り入れようとしているものは、血のつながりという概念が家庭から無くなりつつある国々の、切羽詰まった試みであるということを知らなければいけません。血のつながりという非論理的な絆を排除して、家庭という形を秩序を生む幸福の土台として保てるかどうか、これは人間社会にとって未知の領域なのです。

日本はその一歩手前に居るのに、保育界の状況を見る限り、学者達が厚生省や文部省に助言し、私達の背中を押し、欧米社会が苦しんでいる同じ領域に入れようとしている。私は日本には欧米とは違った道を試してもらいたい。人類が長い年月をかけて築き上げてきた「家庭」という最も重要な社会単位の伝統的概念を崩さずに、注意深く進んでもらいたい。「家庭」が「個人」より重い社会を保ち続ける、たった一つの先進国であってほしいのです。

 

人間の愛と常識の崩壊

アメリカでは、今、親による虐待で家を出、ホームレスとして路上で暮らしている子どもが100万人いると言われています。これを人口比で割ると日本で50万人の子どもが路上で暮らしている計算になります。私はそういう子ども達にインタビューをしました。彼らは、路上で一緒に暮らす仲間をファミリーと呼んでいました。彼らと話していると、人間は家族・家庭がなければ生きていけないという事がよくわかります。人間は孤独では生きて行けないのに、なぜ自ら家庭を壊すのでしょうか。

アメリカで幼稚園に子どもを入れると、「指紋を登録しておきますか」という手紙を園からもらいます。一年間に十万人の子どもが誘拐される状況が、その背景にあります。誘拐され、月日が経って発見された場合に、顔かたちが変わっていても確認出来るように指紋を登録保管しておきませんか、と言うのです。

誘拐事件の多くが親権を失った親によるものです。親による誘拐と言えば大したことではないように思えますが、戸籍や住民票がない社会で、誘拐された親の9割以上が、二度と子どもに会うことが出来ない、という現実を知ると、これはやはり親が子を失うことに変わりありません。誘拐という犯罪を犯してまで子どもを取り戻したい、子どもと住みたいという親達の孤独感は、社会において家庭が崩壊すればするほど強くなります。孤独感が社会を包むから、愛情が犯罪を生む。それなら離婚なんかしなければいいのに、と思いますが、それとこれとは別なようです。

アメリカにおける他人による誘拐事件がなかなか解決しないのも、それが身の代金を目的とした誘拐ではなく、家族を求めての誘拐だからだそうです。

裁判所の中で起こる発砲事件の件数が一番多いのが家庭裁判所です。法によって家族の絆を裁かれるという、自業自得とはいえ、理不尽な状況に置かれた時、人間は狂います。

少女の5人に1人が近親相姦の被害に会っていると言われています。そういう少女たちがインタビューに答えて言うのです。「そういうことをお父さんからされている時は嫌だった。でも、土曜日、日曜日に遊園地や動物園に連れていってくれるお父さんは好きなんです」。

「愛」というものはつくづく複雑なものだと思います。近親相姦はいけない、と言うだけで簡単に片付かない。そこには親子の関係、ゼロ歳から育ててもらった記憶の積重ねがあるのです。子ども達が言います。「お父さんからそういうことをされている時は嫌だった。でも、それを福祉の人に言ったり、学校の先生に言ったりしたら、お父さんを取り上げられてしまうとわかっていたから言えなかった。お母さんを悲しませると思ったから言えなかった」と。そういう状況に子どもを追い込んじゃいけません。絶対にいけません。

家族という概念が崩れると、ゆがんだ姿で「愛」が現れてきます。アメリカ社会を見ていると、愛というものの不思議な姿、異常な形、多分過去にも人間の持つ可能性の一部としてずっとそういうものはあったのだと思いますが、それが社会の表面に堂々と出てきます。そこで苦しむのが子ども達なのです。家庭という基盤が崩れた時、社会の秩序となりうる土台が崩れた時、人間は愛情というものを基準にとてもおかしなことをすると気づきます。  14歳、15歳、16歳の少女たちの妊娠、出産、これが一時期急増しました。最近少し減っていますが、エイズが蔓延しているからです。海のこちら側から見ていると、性にルーズなのだろうとか、フリーセックスの国だから、と倫理観の違いだと思ってしまいがちです。しかし、そういう少女たちを調べていくと、多くの少女たちが、子どもを産みたくて妊娠しているということに気づきます。

不幸な家庭に育った少女たちが温かい家庭に憧れる。

不幸な家庭というのは経済的な意味ではありません。人間関係の不幸な家庭に育った少女たち、ということです。(幼児虐待や近親相姦、アルコール中毒、麻薬中毒、こういう問題は家庭の経済情況にあまり関係しません。裕福な家庭に幼児虐待が少ないとか、離婚が少ないということはありませんし、学歴が高いから親の倫理観がしっかりしているということもありません。ここ数年アメリカの学校を舞台にした銃乱射事件のほとんどが、中流以上の、経済的にも恵まれた地域、家庭で起こっています。)

親子の関係が非常に不幸な家庭で育った少女たちが、温かい家庭に憧れる。マッチ売りの少女が温かい食卓に憧れるように、自分もそういう家庭が欲しいと思うのです。男にはできないことですが、女性にできること、それが子どもを産んで、家庭を作ろうとすることなのです。結婚をしてというより、まず子どもを産んで一人で家庭を作ろうとするのです。

しかし「子育て」というのはそんなに甘いものではありません。  生まれたばかりの子どもは言葉がしゃべれません。いきなり自分の子どもと1年以上話しができないという状況に追い込まれたときに、それを幸福として受け入れるには、様々な人生体験が必要になってきます。子育ての最初の1年、2年は、理論でもなければ、理屈でもありません。子育てを基盤とした幸福の物指しが持てるかという事と「忍耐力」が鍵なのです。人間は、子育ての最初の1年、2年で忍耐力を試されるのか、忍耐力をつけるのです。そのために赤ん坊はわざわざ言葉をしゃべれないまま生まれてくるのではないでしょうか。ところが、この最初の1年、2年を14歳、15歳、16歳で子どもを産んでしまうアメリカの少女たちの多くが、乗り越えられないのです。自ら不幸な家庭に育ったため、基礎的な忍耐力がついていない、そこでまた虐待をしてしまうのです。

幼児虐待の怖いところは、子どもは殴ると言うことを聞くということです。暴力というコミュニケーションの手段は有効なのです。忍耐力に欠ける親が有効な手段を発見し、場合によってはそれに快感を感じるようになる。親から子へと、14年、15年、16年で回るこの幼児虐待のサイクルが今もう3回転、4回転しています。ここまで来たら止めることはできません。

幼児虐待のサイクルに火に油を注いでいるのが、少女たちが幸せになりたいと思う気持ち、幸せな家庭を持ちたいと思う気持ちなのではないかと気づいた時、私はちょっと絶望的になりました。少女たちに、あなたたちは家庭を持っちゃいけないとは言えないです。自分が生まれた家庭が不幸だったから、いい家庭を持ちたい、温かい家庭を持ちたいと思っている子どもにあなた達はやめておいた方がいい、とは言えません。やはり家庭は幸福の源ですから、幸福になろうとしてはいけない、とは言えません。だから社会は家庭というレベルで一度狂い始めると恐ろしいのです。

(過去欧米でも日本でも経済政策の名の元に、福祉を使って行われた障害者の強制避妊の歴史を思い出して下さい。政府や学者のやることを甘く見てはいけません。)

アメリカで、親による虐待で重傷を負う子どもが、7年前に1年間に13万人でした。家庭内のことはなかなかハッキリした数字が出てこないものですが、小児科医の報告に基づいたこの数字は、信憑性が高いと言われています。それが去年57万件です。7年間で4倍以上にふえているのです。

幼児が親に虐待され重傷を負う、これは非常に辛いことです。幼児にとって親は、世界中にただ一人、ただ二人の大切な存在です。顔を見上げ、頼りにする相手です。この人達から虐待されたら逃げ場がない。しかも、ほとんどの場合、幼児は愛情の眼差しをその人に向けています。愛する人に虐待されて重傷を負う。重傷を負うほど虐待されているということは、虐待が何カ月も何年も続いている場合が多いのです。これほどつらく悲しいことはないと思います。これほど理解に苦しむことはないと思います。  これから先どうなってゆくのか、どこまで行くのかを考えると私は人類の未来に不安を覚えます。この57万件は確実に大人になってゆくのです。

都知事選・ツイッターから・「できちゃった結婚」

都知事選で、主要候補者みんなが「待機児童をなくします」と、叫ぶのです。その「叫び方」を聴いていると、それが票を取るための「手法」になっている気がします。それが社会正義になっていくような気がします。恐ろしい気がします。その先にいる012歳児の気持ちや願いなどは誰も想像しない。そして、保育士不足のおり「不可能」か、保育の質を下げるしかない待機児童解消方法を、子どもが育ってゆく時間の質などほとんど考えずに候補者たちは、安易に、本当に軽々しく言うのです。増田候補などは、「杉並区はよくやっています」と言うのです。岩手県で保育士たちがどれほど苦しんでいるか。公立の保育士の週休二日が壊されそうになっているのです。子どものことを考えたら、自ら壊すしかないところまで園長たちは追い込まれている。それを、「成果」のように言うのです。

公園に保育園を建設するという区のやり方に反対する母親たちの叫びを、ほぼ無視した状況で、杉並区長は、自分が正義だと言わんばかりの顔で待機児童対策を進めています。来年四月までに2000人の「受け皿」を作る、緊急対策だというのですが、四月に必要な「受け皿」の数は区の想定でも600人弱(現在150人くらい)、二つの公園に保育園を建てなくても、残りの公園以外のところに建てる保育施設で1500人分くらいは四月までに確保できる。それなのになぜあの公園に、いま建てなければいけないのか。住民の声に耳を貸そうともせずに強引に進めなければならないのか、皆目理解ができません。とてもいい公園です。周囲に児童館がないので、本当に子どもたちの集まり場所になっていて、夏やすいなど、親も「公園に行ってらっしゃい」と自然に言える、誰かが見守っている公園なのです。

http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=556

images-3

(ツイッターから)

保育園!!!私たち声を上げます! @hoiku_kokkai 

お子さんを亡くして、まだ気持ちの整理がついていない、とご遺族のお父さん。ここに来るのも勇気がいったけど、闘わなくてはいけない!という思いで来てくれたとお母さん。もう、あかちゃんにちゃんと向き合えない保育園なんてダメ!基準緩和で危険な保育園をつくってはダメなんだ!という思いです!!

松居 和 @kazu_matsui 

数年前千葉で保育士が園児虐待で警察に逮捕され、園長が取り調べに、保育士不足で辞められるのが怖くて注意できなかった、と言ったことが新聞報道された時に、なぜ国はブレーキを掛けなかったのか。警告はあちこちで発せられ、小さな悲鳴は聴こえている。それでも未満児50万人の受け皿を目指すのか。

 

「できちゃった結婚」

「できちゃった結婚」という言葉がありますが、聞くたびに嬉しくなります。「できちゃったら」結婚する。それが責任です。こういう言葉がある国は、やっぱり世界で一番安全な国なのです。

欧米では出来ちゃっても結婚しない男が3割から5割です。犯罪率も日本の20倍から30倍です。男女が協力し、一緒に子どもを育てるという意識が、欧米に比べ、まだこの国には奇跡的に残っている。本当の意味で、「男女共同参画」のお手本のような国です。http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=1047

哺乳類の一員として、「男女共同参画」の第一番は「子どもをつくること」、そして第二は「子どもを育てること」です。ある市の男女共同参画の会に招かれて2時間講演したのですが、千人を超える人たちから、びっくりするほど盛大な拍手をいただきました。

親心がなんとなく社会に満ちることの大切さを言い続けて25年になります。正念場に来ています。

児童養護施設や乳児院はいっぱいで、児相の機能が限界を超えています。地域によっては、保育所が「親子を十時間でも引き離すため」仮児童養護施設のような役割を果たさなければならなくなっています。家族の絆が薄れ、ここまでの家庭崩壊を予測出来なかった老人介護の仕組みも予算的に危険水域に入りました。こんなことを続けていたら、学校がもたない。社会福祉全体が間もなく限界にきてしまう。家庭が崩壊した後に社会福祉が崩壊する、これが先進国が直面する最悪のシナリオです。

自分で主張することができない0歳児は母親と一緒にいたいだろう、と想像することが、人間性の第一歩。人間社会に自然治癒力、自浄作用が働くはずです。

本来の日本の姿・逝きし世の面影:第十章「子どもの楽園」から

2016年7月

本来の日本の姿

 以前も書いたのですが、「逝きし世の面影」渡辺京二著、平凡社、第10章「子どもの楽園」からの抜粋を掲げます。江戸の末期、明治の初期に来日した欧米人の証言です。欧米人が何に驚いたのか。いまでも、世界で一番安全な国と言われる理由が、そこに見えるのです。犯罪率や家庭崩壊、麻薬の汚染率が欧米に比べて奇跡的に低い国の成り立ちがそこにある。

 「いま、なぜ政府は乳幼児たちを母親から離そうとするのか。待機児童が4万人なのに、その『受け皿」をなぜ50万人に設定するのか」。

 日本人が、「子どもに囲まれ、子どもに育てられ生きてゆく」という自分たちの個性や役割を否定しては、私たちが私たちである意味がなくなってしまいます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この本を読むと、街はほぼ完全に子どもたちのもの、日本の子どもが馬や乗り物をよけないのは、大事にされることになれているから、と欧米人が書き残す。父親たちと幼児たちがこれほど一体の国はない。日本人の子どもへの愛はほとんど崇拝の域に達している、と言うのです。

 玩具を売っているお店が世界一多い国、そして大人たちも一緒に子どもたちと遊ぶ国。日本の子どもは父親の肩車を降りない。子どもの五人に四人は赤ん坊を背負い、江戸ほど赤ん坊の泣き声がしない街は世界中どこ探してもない。日本に来る道筋でインドや中国を見た欧米人が、この国の特殊性に気づくのです。

 赤ん坊を泣かせないことで、人間と人間社会が育っていた。赤ん坊が泣いていたら、そこにいる人が「自分の責任だ」とごく自然に思う。それが、人間が調和し、安心して暮らしていく原点なのです。そうすれば、大人でも子どもでも、老人でも青年でも、人間が泣いていたら、そこにいる人が「自分の責任だ」と思うようになる。

 最近は親が、泣いている自分の赤ん坊を見て、勝手に泣いていると思ったり、迷惑だと感じたりする。抱き上げれば泣きやむことを知っているのなら、泣いているのは自分の責任なのです。その責任は、「産んだ責任」までたどりつく。その責任を感じたとき、人間は本来、自分の価値に気づき、嬉しくなるのだと思います。

 欧米人には、日本人は子どもを必要以上に甘やかしているように見えました。四歳くらいまで子どもは王様女王様。みんなからちやほやされ、やりたい放題。それなのに、子どもたちは五歳にもなれば幼いながらも落ち着き、自然に仕事を覚えたり、年長者や老人を敬ったりするようになる、と言うのです。

 街を離れ村へ行くと、日中すべての家の中が見渡せる、と驚くのです。障子や襖、雨戸の開け放たれた家々は、中が丸見えです。日本人にとって当たり前の風景に欧米人が驚きます。そしてその不思議さを書き残す。

 「時空をわかちあう文化」がそこにあるのです。時空の「空」をわかちあうことは、襖や障子を開けること。「時」をわかちあうことは、子育てをわかちあうことなのでしょう。

 私は保育者に「幼児の集団を使って親心を耕してください。人間社会を救えるとしたら、幼稚園・保育園が親を繰り返し園児に漬け込むこと、それによって親心が育ち、幸せのものさしに気づく、もうそれしかありません」と言いつづけてきました。この本を読んで欧米人の証言に触れたとき、私が幼稚園・保育園を使って日本に取り戻そうとしていたのは、この本に書かれている、この世界、この風景、この文明だったのだ、と感慨深いものがありました。

「親心」と重なる文明が、この国の「美しさ」でした。

 儒教的な背景から育まれた武士道、禅を基盤に、利休、世阿弥が書き残した日本の宇宙的文化は、確かに一人ひとりの人間のあるべき姿や宇宙との関係、欲を離れた安心の境地について、欧米とは違った道を示してくれています。しかし、欧米人が驚愕した「国としての境地」は、幼児を眺める笑いの中にあった。

 私は、その様子を書き残してくれた欧米人に感謝します。時空を超え守りあう彼らとの「絆」がそこに存在するのです。

 

 逝きし世の面影/表し

 

逝きし世の面影:第十章「子どもの楽園」から

 

『私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしているところから判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい(モース1838〜1925)』

 

『私はこれほど自分の子どもに喜びをおぼえる人々を見たことがない。子どもを抱いたり背負ったり、歩くときは手をとり、子どもの遊技を見つめたりそれに加わったり、たえず新しい玩具をくれてやり、野遊びや祭りに連れて行き、子どもがいないとしんから満足することがない。他人の子どもにもそれなりの愛情と注意を注ぐ。父も母も、自分の子に誇りをもっている(バード)』

 

『怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆく』『彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。日本の子供はけっしておびえから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです』『それでもけっして彼らが甘やかされてだめになることはありません。分別がつくと見なされる歳になると―いずこも六歳から十歳のあいだですが―彼はみずから進んで主君としての位を退き、ただの一日のうちに大人になってしまうのです(フレイザー婦人)』

 

『十歳から十二歳位の子どもでも、まるで成人した大人のように賢明かつ落着いた態度をとる(ヴェルナー)』

 

日本について「子どもの楽園」という表現を用いたのはオールコックである。(初代英国公使・幕末日本滞在記著者)

彼は初めて長崎に上陸したとき、「いたるところで半身または全身裸の子供の群れが、つまらぬことでわいわい騒いでいるのにでくわしてそう感じたのだが、この表現はこののち欧米人訪日者の愛用することとなった。事実日本の市街地は子供であふれかえっていたスエンソン(江戸幕末滞在記著者)によれば日本の子供は「少し大きくなると外へだされ、遊び友達にまじって朝から晩まで通りで転げまわっている」のだった。

 

ワーグナー著の「日本のユーモア」でも「子供たちの主たる運動場は街上である。・・・子供は交通のことなど少しも構わずに、その遊びに没頭する。彼らは歩行者や、車を引いた人力車夫や、重い荷物を担った運搬夫が、独楽(こま)を踏んだり、羽根突き遊びで羽根の飛ぶのを邪魔したり、凧の糸をみだしたりしないために、少しのまわり路はいとわないことを知っているのである。馬が疾駆して来ても子供たちは、騎馬者や駆者を絶望させうるような落ち着きをもって眺めていて、その遊びに没頭する。」ブスケもこう書いている。「家々の門前では、庶民の子供たちが羽子板で遊んだりまたいろいろな形の凧を揚げており、馬がそれを怖がるので馬の乗り手には大変迷惑である。親たちは子供が自由に飛び回るのにまかせているので、通りは子供でごったがえしている。たえず別当が乳母の足下で子供を両腕で抱き上げ、そっと彼らの戸口の敷居の上におろす」こういう情景は明治二十年代になっても普通であったらしい。彼女が馬車で市中を行くと、先駆けする別当は「道路の中央に安心しきって座っている太った赤ちゃんを抱き上げながらわきえ移したり、耳の遠い老婆を道のかたわらへ丁重に導いたり、じっさい10ヤードごとに人命をひとつずつ救いながらすすむ。」

 

 『ヒロンやフロイスが注目した事実は、オランダ長崎商館の館員たちによっても目に留められずにはおかなかった。ツユンベリは「注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった」と書いている。「船でも」というのは参府旅行中の船旅を言っているのである。またフィツセルも「日本人の性格として、子供の無邪気な行為に対しては寛大すぎるほど寛大で、手で打つことなどとてもできることではないくらいである」と述べている。

 このことは彼らのある者の眼には、親としての責任を放棄した放任やあまやかしと映ることがあった。しかし一方、カッテンディーケにはそれがルソー風の自由教育に見えたし、オールコックは「イギリスでは近代教育のために子供から奪われつつあるひとつの美点を、日本の子供たちはもっている」と感じた。「すなわち日本の子供たちは自然の子でありかれらの年齢にふさわしい娯楽を十分に楽しみ大人ぶることがない」。

 オイレンブルク伯は滞日中、池上まで遠乗りに出かけた。池上には有名な本門寺がある。門を開けようとしない僧侶に、つきそいの幕吏が一分銀を渡してやっと見物がかなったが、オイレンブルク一行のあとには何百人という子どもがついて来て、そのうち鐘を鳴らして遊びはじめた。役僧も警吏も、誰もそれをとめないでかえってよろこんでいるらしいのが、彼の印象に残った。

 日本人は子どもを打たない。だからオイレンブルクは「子供が転んで痛くした時とか私達がばたばたと馬を駆って来た時に怖くて泣くとかいう以外には、子供の泣く声を聞いたことがなかった。

 日本の子どもは泣かないというのは、訪日欧米人のいわば定説だった。モースも「赤ん坊が泣き叫ぶのを聞くことはめったになく、私はいままでのところ、母親が赤ん坊に対して癇癪を起しているのを一度も見ていない」と書いている。イザベラ・バードも全く同意見だ。「私は日本の子どもたちがとても好きだ。私はこれまで赤ん坊が泣くのを聞いたことがない。子どもが厄介をかけたり、言うことをきかなかったりするのを見たことがない。英国の母親がおどしたりすかしたりして、子どもをいやいや服従させる技術やおどしかたは知られていないようだ」。

 レガメは一八九九(明治三十二)年に再度の訪日を果したが神戸のあるフランス人宅に招かれた時のことをこう記している。「デザートのときお嬢さんを寝かせるのにひと騒動。お嬢さんは四人で、当の彼女は一番若く七歳である。『この子を連れて行きなさい』と、日本人の召使に言う。叫ぶ声がする。一瞬後に子供はわめきながら戻ってくる。—–これは夫人の言ったままの言葉だが、日本人は子供を怖がっていて服従させることができない。むしろ彼らは子供を大事にして見捨ててしまう」。つまり日本人メイドは、子どもをいやいや服従させる手練手管を知らなかったのだ。日本の子どもには、親の言いつけをきかずに泣きわめくような習慣はなかった。』

 

 『日本についてすこぶる辛口な本を書いたムンツィンガも「私は日本人など嫌いなヨーロッパ人を沢山知っている。しかし日本の子供たちに魅了されない西洋人はいない」と言っている。チェンバレンの意見では、「日本人の生活の絵のような美しきを大いに増している」のは「子供たちのかわいらしい行儀作法と、子供たちの元気な遊戯」だった。日本の「赤ん坊は普通とても善良なので、日本を天国にするために、大人を助けているほどである」。モラエスによると、日本の子どもは「世界で一等可愛いい子供」だった。』

 『モースが特に嬉しく思ったのは、祭りなどの場で、またそれに限らずいろんな場で大人たちが子どもと一緒になって遊ぶことだった。それに日本の子どもは一人家に置いて行かれることがなかった。「彼らは母親か、より大きな子どもの背中にくくりつけられて、とても愉快に乗り回し、新鮮な空気を吸い、そして行われつつあるすべてを見物する。

 ブスケによれば「父とか母が一緒に見世物に行くときは、一人か二人の子どもを背中に背負うか、または人力車の中に入れてつれてゆくのがつねである」。

 ネットーの言うところでは「カンガルーがその仔をその袋に入れてどこえでもつれて行くように、日本では母親が子どもを、この場合は背中についている袋に入れて一切の家事をしたり、外での娯楽に出かけたりする。

 子どもは母親の着物と肌のあいだに栞のようにはさまれ、満足しきってこの被覆の中から覗いている。

 その切れ長の目で、この目の小さな主が、身体の熱で温められた隠れ家の中で、どんなに機嫌をよくしているか見て取れることが出来る。」

 

 ネットーは続ける「日本では、人間のいるところならどこを向いて見ても、その中には必ず、子どもも二、三人はまじっている。母親も、劇場を訪れるときなども、子どもを家に残してゆこうとは思わない。もちろん、彼女はカンガルーの役割を拒否したりしない」

 チェンバレンはまた「日本の少女は我々の場合と違って、十七歳から十八歳まで一種のさなぎ状態にいて、それから豪華な衣装をつけてデビューする、というようなことはない。ほんの小さなヨチヨチ歩きの子どもでも、すばらしく華やかな服装をしている。」と言っている。彼は七・五・三の宮参りの衣装にでも目をとめたのであろうか。彼が言いたいのは、日本では女の子は大人の衣装を小さくしたものを着ていると言うことだ。

 

 フレイザーは1890年の雛祭りの日、ある豪族の家に招待されたが、その日のヒロインである五歳の少女は「お人形をご覧になられますでしょうか、別の部屋においでくださる労をおかけしますことをどうかお許し下さい。」と口上を述べ「完璧に落ち着き払って」メアリの手をとっておくの間に導いた。

 彼女のその日のいでたちをメアリは次のように描写する。

 「彼女は琥珀色の縮緬のを着ていたが、その裾には青に、肩は濃い紫をおび、かわいらしい模様の刺繍が金糸でほどこされ、高貴な緋とと金の帯がしめられていた。頭上につややかに結い上げられた髪は、宝石でちりばめたピンでとめられ、丸いふたつの頬には紅がやや目立って刷かれていた。」

 メアリの著書に「私の小さな接待役」とキャプション入りで揚げられている写真を見ると、彼女は裾模様のある振袖の紋服を着、型どおりに右手に扇子を持ち、胸には懐刀を差している。つまりこの五歳の少女は完璧に大人のいでたちだったのである。

 しかしそれは服装だけのことではなかった。

 イザベラ・バードは明治十一年、日光の入町村で村長の家に滞在中、「公式の子どものパーテイー」がこの家で開かれるのを見た。

 主人役の十二歳の少女は化粧して振袖を着、石段のところで「優雅なお辞儀をしながら」やはり同じ振袖姿の客たちを迎えた。

 彼女らは「暗くなるまで、非常に静かで礼儀正しい遊戯をして遊んだ」が、

それは葬式、結婚式、宴会といった大人の礼儀のまねごとで、バードは「子どもたちの威厳と落ち着き」にすっかり驚かされてしまった。』

 

『日本人が子どもを叱ったり罰したりしないというのは実は、少なくとも十六世紀以来のことであったらしい。十六世紀末から十七世紀初頭にかけて、主として長崎に住んでいたイスパニア商人アビラ・ヒロンはこう述べている。「子供は非常に美しくて可愛く、六、七歳で道理をわきまえるほどすぐれた理解をもっている。しかしその良い子供でも、それを父や母に感謝する必要はない。なぜなら父母は子供を罰したり、教育したりしないからである。」。日本人は刀で人の首をはねるのは何とも思わないのに、「子供たちを罰することは残酷だという」。かのフロイスも言う。「われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ言葉によって譴責するだけである」。

様々な次元のコミュケーション・保育士の加配を受けている障害児の親が11時間「標準」保育を望んだ場合

様々な次元のコミュケーション

人間は、それぞれみんな軽度の発達障害を持っていて、本来、この発達障害が「個性」と呼ばれるもので、それが「魅力」という感性につながってゆく。それは相対的なものですから、その組み合わせによってその度合いが軽度か軽軽度か、いろいろ決まってくる。その典型が男女で、この「男女」という相対的発達障害の関係が進化の源になってきた。多くの場合、幸福感とか生きがいにつながっていた。お互いに宿命的な欠陥を持っていて、完全でないから、お互いを必要とする。

いま、男女だけでなく、親子という宿命的発達障害(度)の組み合わせが、イライラの原因になっているという。人間関係が言葉や知識、損得勘定に支配され、その肌触りと大切な次元を失ってきている。

i mages

ある日、保育園に講演に行きました。男の子が近づいてきて、「おじさん、会社行かないの?」と聞きます。

「おじさん、行かないの」と言うと、「ぼくのおとうさん、行ってるもんね〜」と自慢された。

自慢でも、こちらには、いい感じがする。駆け引きがないから。

人間は、その言葉の意味よりも、それを言った人の心持ちに反応する。その時の人間関係に反応する。幼児と過ごしていると、人間はそのことを繰り返し、繰り返し、日々実感する。

幼児との関係は「言葉」のないように思える関係から始まっている。一方的に、自分が言葉を発する関係、伝わっているかどうか確かでない関係の中で、人間は「祈り」というコミュニケーション能力をつけていく。

 

IMG05331

 

 

保育士の加配を受けている障害児の親が11時間の標準保育を望んだ場合に何が起こるのか

市町村によって基準や配置、資格など異なるのですが、通常認定された障害児が3人いると、保育士(保育者)が一人「加配」になる補助が行政から園に出るようになっています。障害児3人に保育士一人というのが、そもそも無理なのですが、それでも加配がつくとつかないでは日々の保育にとっては雲泥の差です。しかし、いま、8時間保育を短時間、11時間保育を「標準」と国が定義づけた新制度のしわ寄せが、一番安定した日々を送るべき障害児の保育に、直接しわ寄せとなって出てきています。

ある園長先生から「最近は、加配対応のお子さんでも、就労の関係で、延長保育を希望される保護者がぼつぼつ出始め、延長時間帯の職員配置の問題が新たに浮かび上がってきています。」というメールをいただきました。

政府と、政府に選ばれた学者や知識人が、子ども・子育て会議で11時間保育を「標準」と定義し、女性の就労を促進しようとするのであれば、加配の保育士の延長時間帯の配置まで考えておかなければならなかったはず。

土曜保育の加配はどうなるのか、という声もあちこちで聞かれます。子ども・子育て支援新制度というずさんな施策が障害児加配の不備という点からも、現場を混乱させています。

認定は非常に難しいのですが、軽度の発達障害のある子は環境の変化により繊細で、安定した一日を送るためには特別の配慮を必要とします。愛着関係という側面からも、なるべく一人の保育士がその子の一日を見たほうがいい。もしいい加減な引き継ぎをすれば、その日の保育が台無しになってしまうことがある。そうなりやすいのが発達障害児の保育です。(人間社会に「安定」を求めるのが、発達障害児の「役割」と言ってもいい。)

単純に11時間を標準とされ、幾人かの親がそれに同調し、乳幼児から預かることで先天的な発達障害に愛着障害が重なり始めたらhttp://kazu-matsui.jp/diary2/?p=267、手が足りないどころではない、お互いに引き金を引くようなことになり、他の園児の安全さえ確保しにくくなるのはわかっていたはず。

 

一方で厚労省は、医者でさえ白黒つけることは難しい判断を、早期発見プログラムなどと言って、「専門家」を使って無責任に進めている。「発見」しなくてもいい子どもを「発見」し、現場と親の関係をぎくしゃくさせる。発見しても、対処できない。出来ていない。

障害児デイなどは、無資格でもいい、ほぼ無法地帯です。http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=269

こうしたつけがやがてすべて学校に回されてくる。

児童虐待対応共通ダイヤルなどもそうですが、やったふりばかりで実際には対処できる仕組みを作っていない。しかもそれに加えて、再び消費税を上げないかもしれない。消費税を上げるべき、と言っているのではないのです。子ども・子育て支援新制度が消費税10%を財源にしていたのであれば、消費税を上げてから進めるべき施策だったということです。

保育園での保育の質が、児童虐待や家庭内暴力につながることだって考えられる時代になっている。

無理に無理を重ねた国の施策が、現場を疲弊させ、保育の質が「家庭内」まで影響を及ぼし始めているのです。

ーーーーーーーーーーーーーーー

加配の問題は、実は保育園の運営にとって重要で、加配の数によって園全体の保育の質が左右される時代なのです。国基準の1歳児1:6などというのは、文字通り「最低基準」で、グレーゾーンの子どもたちが増え続けているいま、多くの自治体が1:4にするために加配を組んでいる。新制度で、政府が制度を変えるなら障害児加配だけでははく、「加配」は、最も注意深く組み直さなければならなかった。それを、厚労大臣が、1:4でやっている自治体が国の最低基準1:6に戻せば、相当数の待機児童が解消できる、と指示のようなものを出した時は、現場の保育士たちは心底呆れたのです。「保育の現場をまったく知らない人間が大臣をやっている」と思ったのです。

images-3

 

 

 

いろんな人に育ててもらったほうが社会性がつく?・保育は選ばれた人たちがやるもの・義務教育への本能的な抵抗

子供はいろんな人に育ててもらったほうが社会性がつくとかなんて、親族間での話しですよね。(というツイートが着ました)

その通りですね。こういう感覚、地球上どこでもつい最近まで当たり前のように続いてきた子育てのイメージ、育て方というほどのものではないけれど、幼児を囲む風景の常識が見えていない世代が突然増えているようなのが怖い。

増えているのではなく、増やされている、と言ったほうがいいかもしれないのがなお怖い。

私のように「三丁目の夕日」(昭和40年くらいまでの日本)を知っている世代はまだ覚えているし、発展途上国を旅すれば今でもリアルタイムで実感出来るのですが、子育ては親族間や隣近所、小規模な運命共同体の中で「家族的に」行われてきました。何万年もの間。

いま、急速に子育ての原風景が変わってきています。政府や学者によって急速に変えられつつある。「価値観や生活様式の多様化」という言葉が安易に語られる。そういう時代になったから、なおさら、中心になるべき一律の価値観を子育て中心に取り戻さなければならないのに、多様化に合わせて誰かが儲けようとか、選挙に勝とう、仕組みを新たに考えよう、みたいなことになっている。

ここ20年、30年くらいの、先進国社会における非常に限られた実体験しかないと、社会性という言葉にもうはっきりしたイメージがない。学校での集団生活とか、色んな保育士に育ててもらって、程度のイメージしかない。育ててくれている人たちのことさえよく知らない状況が当たり前のように「社会性」とか「社会で子育て」という言葉で現実となっている。そこに信頼関係がない。少なくとも、乳児を預けられる種類の信頼関係は存在しない。

もし親たちが、国や行政や仕組みを本気で信頼するならば、国や行政はその信頼に応える努力を本気でしなければいけない。その努力をせず、保育の質が急速に落ちるような施策が「待機児童問題」「待機児童対策」という経済論で進んでいる。

 三年前、それまで4年連続で減っていた「二万一三七一人の待機児童」を解消するために、「40万人の保育の受け皿を確保する」と首相が言った。この二つの乖離した数字の背景に何があるのか。そこを見極めないまま、言葉や数字が当たり前のように繰り返され、「待機児童は問題」で「解消しなければいけない」という印象が人々の記憶に刷り込まれていく。それは本当に私たちの願いであり、望んでいる社会の姿なのでしょうか。少なくとも乳幼児たちの願いではない、それだけは確か。

 

image s-2

0、1歳児を知らない人に預ける事は、よほどの事情がない限り人類はしなかった。インドに1年以上住んで、村人の生活を眺めていたことがあるからわかるのです。6歳くらいで丁稚に出す、ようなことは確かにありました。しかし、0、1歳を簡単によく知らない他人に預けることはしなかった。

0、1歳は自分の体験を話せないから、大人たちの確かな信頼関係が、その子の一日を守るしかない。

5歳過ぎたらまあいいでしょう、という判断で学校教育が始まったのだと思います。それでも相当の葛藤はあった。義務教育の普及に本能的な抵抗があった。それを最近「小学校に待機児童いないでしょう。保育も義務教育化すれば待機児童は出ないんですよ」と平気で言う専門家や学者が現れた。乳幼児を対象に「社会で子育て」なんて簡単に言う政治家さえいる。保育崩壊がどのように始まっているか、新聞くらいは読んでほしい。

ーーーーーーーーーーーーーー(以前ブログに書いたのですが)
千葉で保育士が園児虐待で警察に逮捕され、園長が取り調べに、「保育士不足のおり、辞められるのが怖くて注意できませんでした」と言ったのが三年前、これは新聞の記事にもなりました。
そしていま全国で、「週末、子どもを親に返すのが心配です。せっかく五日間いい保育をしても月曜日、また噛みつくようになって戻ってくる」、「せっかくお尻が綺麗になったのに、月曜日、また真っ赤になって戻ってくる。48時間オムツも替えないような親たちを作り出しているのは私たちなのではないか」という声が保育現場から聞かれる。これでは「子育て」をする信頼関係が育たない。保育の仕組み全体が「子育て」をする限界を超えている。家庭と園の心の連携が毎年、より一層難しくなってきているのです。http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=779

ーーーーーーーーーーーーーーーー

image s-2

昔は、子育ての中心に子どもを労働力にすることがあって、絆を深めるには最適の手段、具体的な目標でした。5歳くらいから労働力ですから、親もしっかり子育てをした。しっかりやらないと一家の生活、村人の生活に影響を及ぼした。それをみんなが知っていた。いま、労働の邪魔にならないように預かるという。誰のために働くのか。生きるのか。本末転倒になっている。

幼児の気持ちが見えなくなっているからだと思う。昔のような社会の仕組みを取り戻すのは無理だとしても、乳幼児の気持ちを想像する習慣だけは様々な手段を使って取り戻していかないと、社会の仕組みが社会を壊すような流れになってゆく。

 

保育は元々選ばれた人たちがやるもの

「保育は元々選ばれた人たちがやるものなのです。学者や政治家や起業を目指すような人たちにはとても務まらない、任せられない、感性で響き合う仕事なのだと思うのです。学校の先生にもちょっと無理かもしれない」とブログに書きました。

もう少し考えを進めて、「そういう人たちでも自分の子どもを育てることはだいたいできるかもしれない」と思いました。しかし、子育てが「苦手」と公言する人たちは確かに増えています。不自然に増えています。人生の始めの方で、何か基礎的な体験が欠けているのだと思います。

でも、中学二年生の女子生徒はだいたい大丈夫なのです。彼女たちが保育士体験をする姿を見ているとわかります。男子生徒は子どもに還って行きますが、女子生徒はお姉さんの顔、お母さんの顔になって活き活きします。この頃が鍵を握っているのかもしれない。http://kazu-matsui.jp/diary2/?p=260

高等教育が人類の根源的な人間性を弱めるのでしょうか。高等教育における教師とのコミュニケーションが人間性を欠いた、本気ではないものになっているから、感性が衰えていくのでしょうか。

高等教育が闘うための武器、道具のようになっていることが問題なのかもしれません。武器を持つと闘いたくなる、道具を持つと使いたくなる。

しかし、「子育ての意義」は闘いとは正反対のところにある。

子育ては、人間たちに欲を捨てることに幸せがあると教える。利他の気持ちを耕すためにある。

だから、強者たちは子育てを人間から奪おうとするのでしょうか。

 

ーーーーーーーーーー

義務教育への本能的な抵抗

 私の好きなインディアンの大酋長にジョセフという人がいます。150年くらい前に生きた人です。あるとき、ジョセフが白人の委員とこんな会話をしたのです。譲ってはいけないことについて口論をし始める学校という仕組みを見抜いていたような気がします。

joseph1

 ジョセフは、白人の学校などいらないと答えた。

 「なぜ学校はいらないのか?」と委員が尋ねた。

 「教会をつくれなどと教えるからだ」とジョセフは答えた。

 「教会はいらないのか?」

 「いらない。教会など欲しくない」

 「なぜ教会がいらないのか?」

 「彼らは神のことで口論せよと教える。われわれはそんなことを学びたくない。われわれとて時には地上のことで人と争うこともあるが、神について口論したくはない。われわれはそんなことを学びたくないのだ」(『我が魂を聖地に埋めよ』ブラウン著、草思社)

「1人の子どもを育てるには、一つの村が必要」

「1人の子どもを育てるには、一つの村が必要」

米国大統領選の最中ということもあって、CNNやCBSニュースをよく見ます。すると、「回教徒は、なぜか知らないが、私たちを憎んでいる。その理由がわからない限り、入国を拒否すべきだ」と大統領候補者が演説で言ったりする。

日本の「保育園落ちた、日本死ね」が大したことでないような気がします。むしろ可愛らしくさえ思えます。(でも、こっちの方が実は人類にとって根源的問題なのですが。)

回教徒やメキシコ人に対する差別的な発言だけではありません。トランプ候補のあからさまな女性蔑視発言は、今までのアメリカのスタンダードからしても「えっ!」それを言ったらお終いでしょ、というひどさです。それでも支持率が上がる。共和党の幹部たちが不支持を表明しても支持率が落ちない。この妙なエネルギーが怖い。全世界で何かが起きている。人類の心がバラバラになってきている。そんな感じです。

「米疾病対策センター(CDC)は27日までに、米国内における薬物の過剰摂取による死亡者数が昨年、計4万7055人の過去最高を記録したと報告した」

社会で子育て、の方向に向かった国で、絆を失った人たちが苦しんでいる。

強盗殺人、テロ、警察と黒人の対立、相変わらず非人間的な事件が多いのです。

子どもを殺された母親がインタビューに答えて「1人の子どもを育てるには一つの村が必要だけど、1人の子どもを殺すには、たった1人の犯罪者しかいらない」と先日CNNのニュースで言っていました。

「It takes whole village.」久しぶりに聴くフレーズでした。

 

この言葉を自著のタイトルに使ったヒラリー・クリントンは、村を福祉や教育に結びつけ「社会で子育て」を主張し、当時、共和党はそれに反対して「家族」の大切さを施策の中で強調しました。政治家はとりあえず「対立」する(馬鹿馬鹿しいですが!)。その頃米国ではすでに、三人に一人の子どもが未婚の母から生まれ、18歳になる前に親の離婚を体験する子どもが40%、家庭と言う定義があまり意味をなさなくなっていました。

二十年前の話ですが、いま日本はアメリカの30年位前の状況に差し掛かっていると思うので、丁度参考にすべき議論・論点だと思います。

共和党の肩をもつ気はまったく無いのですが、現在のアメリカの家庭崩壊や幼児虐待の増加、格差の広がりを考えれば、アメリカやヨーロッパが選んだ「社会で子育て」という道は、私たちが躊躇するべき危険な選択肢だと思います。しかし、共和党が主張した「伝統的家庭の価値観を取り戻す」という主張は、政策としては完全に手遅れでした。家庭が存在しなければ、その価値観を取り戻すことは出来ないのです。どちらが経済発展にいいか、という両党の対立した議論の陰に人間の幸福論が長い間埋もれてしまった結果だと思います。

「1人の子どもを育てるには一つの村が必要」。

日本人はこのことわざの持つ元々の意味を理解するのです。特別保守的とは思わない私でも、「だから保育士が1人で20人の子どもを育てるなんておかしいでしょう」という方向に結びつける。そして、「村人」や「社会」という定義が保育や福祉という仕組みにすり替えられることを危惧するのです。

村人は、昔から「親身」であることを条件とし、一定の共通した常識や価値観を身につけていて、それは福祉という仕組みでは補えなくなると本能的にわかっているから危惧する。このことわざが語られた場所で、「村」というイメージにはそうした説明の難しい、本能的な運命共同体としての温もりがあると理解する。こういう共通認識(もちろん例外もあるのですが)はこの国の財産だったと思います。いくら国連から指摘されようとも、経済競争で「平等」を計るようなことはしないのです。(少なくとも、今までは。)

私は、1人の赤ん坊が村人たちの心をひとつにすることに「奇跡」を見る。

母親は自分の赤ん坊を見知らぬ人に抱かせない、そんな次元の、進化の中で培った本能的な常識が、まだこの国では生きている。

安倍首相は去年国会で、もう40万人保育所で預かれば女性が輝く、ヒラリー・クリントンもエールを送ってくれた、と言ってしまった。日本の首相がこれを言えば、この国から大切な価値観、少なくともこの国の「個性」と思われるものが消えてゆくのです。

これほど子育てを囲む事態が複雑にこんがらがってくると、「1人の子どもを育てるには一つの村が必要」を言った人たち(アフリカ説とアメリカ先住民説など色々ありますが、たぶん日本にも同じようなことわざがあるはずです。)は、いまごろ一斉に顔をしかめているでしょう。

幼稚園や保育園が「村」の役割を果たしてゆくしかないのではないか、と思っています。一つ一つの園で、親たちに講演しながら、伝えれば伝わる状況にあることに感謝します。いくつかの行事を組み合わせることで、「村」のような仕組みができる、親心がまとまってくるのがわかります。

子どもを育てるということは、やはり育てる側が心を一つにすることだと思うのです。そして、それは人類が苦境の中にあっても、なんとか輝くやり方だと思うのです。

(講演依頼、お問い合わせはchokoko@aol.com松居までどうぞ)