松居和チャンネル 第114回、国会で忙しかったsayaさんが、帰ってきました。

今回の(テーマ)は、 子どもを、預けるときの「礼儀作法」。
副題として、「可愛がること」で育つ「振る舞い」が、人間社会となる、としました。
「感謝」という「作法」が、政府の「母子分離政策」によって、消えていく。
「子育て」に関わる人たちが、責任の擦り合いをするばかりで、誰も「親身になる」というハードルを越えようとしない。
今、親たちの子育てにおける礼儀作法の欠如が、保育者たちの不安を煽っている。
政府の計画的「母子分離」は、夫婦間から始まる「理解力の欠如」となって染み渡っている。小学校入学時に2、3割と言われるグレーゾーンの子どもたちは、成長し、消滅していくわけではないのです。
親になり、子どもを産み、存在している。保育士や教師にもなっている。
「親身な」絆を持たない、愛着障害、発達障害と思われる保護者が増え、見分けるのがとても難しいのです。それなりの「交流」や「軋轢」が必要なのですが、「子育て」の外注化によって、社会全体に、忍耐力が無くなってきている。
義務教育に連鎖し始めた「保育界における混乱、混沌」を鎮めようとしても、政府が、その原因になっている「母子分離施策」を続けている限り、保育士不足は止まらないし、行政の対応には無理と矛盾が生じる。「第三者委員会」や司法に頼れば、さらに社会から「親身」さが消えていく。
悪循環が、「権利意識」によって増幅されているのです。
ここに、「しつけ」を売りにする保育が参入してくれば、親たちの子育て放棄にさらに拍車がかかる。
「村」社会的な、幼稚園、保育園という単位で耕し直すしかない。
集団で遊んでいる「幼児たちの輝き」に、人間性の復活を託すしかない。それは、可能なのです。
しかし、度重なる「規制緩和」と「サービス産業化」で、それをお願いするだけの余力が、園側に、もう残っていないかもしれない。「いつでも親に見せられる保育をする」という、最低限の約束さえ、守れなくなっている園がある。
子育てにおける礼儀作法を忘れ、破綻に向かうモラル・秩序を回復するには、「教育」や「しつけ」では限界があります。
012歳児、そして、幼児たちが私たちに向ける「無性の愛」、「信頼」に望みを託すしかない。
「ママがいい!」、ぜひ、読んでみてください。
保育界や教育界を、ここまで追い詰めた、稚拙で、馬鹿げた政策、やってはいけなかった「規制緩和」と「閣議決定」が書いてあります。まず、それを理解してほしい。
義務教育を復活させるには、幼稚園や保育園で、最低限の行事や儀式を「必須」にしていくしかない。
簡単に言えば、保育士体験をやらない親の子は、預からない、とすればいい。
不平不満は出るでしょう。でも、保育士たちが結束して、子どもたちのために説得すれば、日本の親たちは、まだ大丈夫。
西伊豆の公立こども園の保育士たちが、結束して、半年で、ほとんどの親たちが保育士体験をやるところまで漕ぎ着けた話を、チャンネルで取り上げました。ぜひ、ご覧ください。
特に、父親たちが、生き返ってきます。
松居和チャンネル 第78回
(テーマ)学校で「画一教育ができない」
副題:「保育体験に行った夫の顔が、心が洗われたようでした。」

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