今回の、松居和チャンネル 第118回、
(テーマは)「ママがいい!」を読んで、ゼミ生が震える、
分岐点になる、重要な回になりました。
「ママがいい!」を養成校で、テキストにします、というメールが出版社に来たのです。

40年近く「保育の問題」で発言し、書き続けてきた私は、いま、実は微妙な「立ち位置」にいる。
いやゆる保育「業界」と、対立関係になってきている。保育者とではなく、「保育業者たちと」ですが、012歳を預からないと経営が成り立たない「仕組み」にされていることを知りながら、012歳を預かっちゃいけない、と言っているわけです。
これ以上長時間の母子分離を続ければ、義務教育が成り立たなくなることは、明らかで、もう発言を控えてはいられない、待ったなし、になっている。
わかる人、はたくさんいます。しかし、わかろうとしない人、園の経営を考えると、政府の母子分離政策に協力するしかない人、もたくさんいる。保育界全体が、生き残りをかけて追い詰められている。
覚悟を決める時が、来ている。
無資格者やパート、タイミーで病欠の保育士の補填をする。辻褄を合わせる、そんなギリギリの状況で、すでに安心して預けられるような仕組みではないのです。そのことを知りながら、補助金に頼り続けるしかない。
保育の質の低下に関しては、マスコミやネット上でも知られています。それでも預かれ「誰でも通園制度」と、国は、愚策、無策を行政や現場に押し付け続ける。
「保育学者」は、もっと無責任で、11時間保育を、子ども子育て会議で「標準」とし、「短時間勤務保育士活躍促進」などと、馬鹿げたことを政府に言わせておいて、「社会で子育て」「自主性」「自己肯定感」など、愚にもつかない机上の空論で、保育ビジネス+資格ビジネスを維持しようとしている。
最初から、わかっていたのです。1対6、1対20で「子育て」が出来るわけがない。「発達」のために「愛着」を犠牲にしているのですから。
そんな時、「ママがいい!」の編集長から、日本が変わる、きっかけになるかもしれない、
嬉しい報告が来たのです。
大学の保育科の先生から以下のようなメールが届きました。
『ママがいい!』をゼミの輪読のテキストにしています。想像以上にゼミ生の心が揺さぶられている様子が見て取れます。保育とは何か、保育の質とは何か、保護者支援とは何か…といったことを原点から考える機会になっているようです」
編集長は言います。「そういったゼミ生の姿を見て、先生自身が触発されたと書かれてあり、正式に授業のテキストとすることを検討なさっているそうです」
「ゼミ生の心が揺さぶられている様子が見て取れます」。
ここです。
なぜ、「ゼミ生の心が揺さぶられるか」。
保育士になるために保育科へ来た学生は、この本を、「魂の次元」で理解する。幼児たちからの、直接の「叫び」が聴こえるのです。
「学問」が、ゼミ生を育てるのではない。「ママがいい!」という幼児たちの叫びが、人間を育てるのです。それに、保育科で教える人たちが気づいて欲しい。
養成校から、十六冊まとめて注文が来ました、という出版社の知らせ。
教授たちの中にも、子どもたちの「幸せ」を優先している人たちはいる。
今、この国を建て直すとしたら、幼稚園、保育園を使って親を、親らしくするしか方法はない。
保育所保育指針にも、子どもの最善の利益を「優先」すること。親を、「指導する」ことが、保育園の役割として書いてある。
012歳の母子分離は、正当化できません。それが、古(いにしえ)のルール。
幼児たちが、それを望まないことを、人間は知っている。
幼児たちには「選択肢」が無い。
それを、親たちは、知っている。
母子分離を選択をする親には、一家の人生を左右する「責任」が生じる。覚悟がいる。それを、義務教育の中で、しっかり教えていかないと、「子育て」崩壊の流れは止まらない。その方法については、「ママがいい!」に書きました。
保育科で教える人たちは、幼児の願いと、学生たちの意識の向いている先を、感じ取ってほしい。まだ、遅くはない。
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