



松居和チャンネル 第121回
(テーマ)は、 「ママがいい!」から、「主任さんの涙」
副題は、「育てる側の心が、一つになっていない」
としました。

義務教育が普及し、保育園、幼稚園、学校と仕組みが分離、毎年担任が変わるような状況下で、育てる側の心が一つにならなくなった。
人類史上、初めての現象です。
「役割分担」によって、子育ての「体験」が共有できない。そこに、「教育」「専門性」という言葉が入り込み、仕組みが、子育ての肩代わりをするようになる。それに、親たちが慣れ始める。
それに、「平等」という言葉に惑わされ、性的役割分担を否定する「教育」が行われるようになると、「家族・家庭」という、社会の根底を支えてきた「仕組み」が揺らぎ始める。「子育て」を基準にしたモラルや秩序が、その存在価値を失っていく。
その結果として、欧米では、半数近くの子どもが未婚の母から生まれている。子どもが生まれた時に、ほとんどの家庭が父親が存在する「日本」のような国は、先進国社会では皆無です。
日本は、奇跡の国なのです。伝統的に、子どもたちを拝む文化なのです。(「逝きし世の面影」第十章:子どもの楽園、をぜひ読んでみてください。)
今回は、育てる側が、お互いの「体験」を共有していない実例を、「ママがいい!」から引用しました。
主任さんの、「二十年間、誰にも言いませんでした」という涙に、その苦しみを感じ取ってほしい。
「あの実習で、私は保育士になるのをやめたんです。免状を取り直して幼稚園の先生になったのです」という告白は、親たちへの、強い「警告」です。
その「警告」を受け入れない仕組みが、保育士の養成校でもあるのです。
矛盾に満ちた仕組みの中で、親たちが、親らしさを失っていく。急速に、子どもたちの義務教育における「安心」が、保てなくなっている。
教育学者が言う「教育」、保育学者が言う「保育」、経済学者が言う「市場原理」に、「親心」の気配がない。
社会全体に、「子どもを可愛がる」という一貫性が欠けてきている。
耕し直すしかないのです。
その方法は、「ママがいい!」に書いてあります。
幼稚園という形を復活させ、それを自ら選ぶ親たちが半数以上になれば、義務教育の再生は可能かもしれない。
補助の出し方で、出来ること。直接給付と、支援センターの組み合わせで、幼稚園という仕組みは、復活する。日本の母親たちの「意志」が、それを求めている。
いつかは、そうせざるを得ないのに、それをしないのは、保育学者たちの怠慢と、政治家たちの愛国心の無さ、マスコミの感性の欠如、が原因だと思います。
幼児たちの「願い」を無視し、母子分離を進めようとする候補者には、絶対に、投票しないこと。
まだ、この国で0歳児を預ける母親は1割台なのです。
母親たちは、子育ての幸せを、まだ、放棄していない。
#ママがいい #松居和 #さや #母子分離 #義務教育 #教師不足 #不登校 #こども家庭庁 #協調性 #誰でも通園制度 #不適切保育

今週は、ショート動画第48回から、3本アップします。
一本目は、中学生の保育体験について。
中学生はまだ自然児たちですから、幼児に混じると、いい感じに「性的役割分担」の道筋に入っていく。
その風景が、可愛い。
この年代の子どもたちは、昔から「子守り」に最適な人たち。村の絆の中心にいたのです。
幼児と混じることで、自分の「良さ」「価値」を瞬時に理解し、心底、喜ぶ。その様子を、男子と女子が、互いに眺め合う。
「子育て」は、社会の最小単位である男女が、お互いのいい人間性を確認し合う儀式なのです。
帰りぎわ、「いかないでー」と叫ぶ園児たちの姿に、いく人かの中学生が泣き出す。
その光景を、学校の担任と保育士さんたちが、並んで、涙ぐんで見つめる。
すべての中学校でやってほしい。
できること、なのです。政治家が、母子分離で壊してしまった義務教育を立て直すには、これしかない。
やり方は、「ママがいい!」に書いてあります。
https://youtube.com/shorts/Gaq1EAgl8RI
#ママがいい #松居和 #さや #中学生の保育士体験 #母子分離 #義務教育 #教師不足 #不登校 #少子化 #協調性 #性的役割分担




松居和チャンネル 第120回は、
(テーマ) 親に「子育ての時間」を、返せ
副題: 「人間性」を逸脱しないと、勝てないシステムが「資本主義」なのか。

ネット上も、結構ヒートアップしてきて、関連したスレッドでは、 「親に子育ての時間を、返せ」と言う形になってきています。
やっとです。嬉しいです。
親子を引き離そうとする、「政治家や学者たちのペテン」に、
「乗らないぞー」って、言い始めている親たち、保育士たち、が増えている。子どもたちの「ママがいい!」という願いに、真剣に耳を傾ける人たちが現れている。
民主党政権下、母子分離を「幼保一体化」で進めようとした小宮山洋子元厚労大臣が、自著にこう書いている。
「希望するすべての子どもに、家庭以外の居場所を作ります」
こういう言葉を聞くと、「えっ?」と思います。
こんな感覚、感覚を下地に、政治や「仕組み論」が動いていたのです。
それを、黙認した保育学者や、逆に、「いいこと」のように報道するマスコミだったから、いつの間にか、物事の本質が見えなくなって、義務教育の破綻、少子化の急速な進行、タイミーに頼らざるを得ない「子育て支援?」がある。
「ママがいい!」という叫びが、封印されていったのです。
(世間知らずの)「学者」が、言うならまだしも、この人は、NHKの解説委員もやっていた。
それも、しょうがない。でも、厚労大臣にするなよ、ってことです。
ある時、この人は、「子育ては、専門家に任せておけばいいのよ」と、私に言った。
その「専門家」が、無資格でもいい。3、4時間のパートで繋いでもいい。日に、2、3度入れ替わってもいい。(これはもっと後で自民党がやったことです)
そうした規制緩和を散々しておいて、水増し保育で現場を苦しめておいて、こういうことを言う。
幼保一体化、一元化は、幼稚園を保育園にしようという雇用労働施策、「策略」でした。みんな薄々知っていた。
「補助金」で脅し、幼稚園を、もっと長時間預かれる仕組みにする。当時、国の行政官が、幼稚園を脅している「音声テープ」が送られてきて、私の元にあります。
「これは脅しではないですからね。でも早く移行しないと、消費税10%から回す3000億円が、そちらに来なくなりますよ」と繰り返し「脅す」テープです。
(私のところには、他にも、いろんな音声記録が送られてきます。)
幼稚園と、保育園は別のもので、一体化しても、まず、親たちが混じらない。子育てに対する意識が違う。人生に対する価値観が違う。そんなことさえ知らない、これを進めた保育学者が、「幼保一体化は、私の卒論のテーマでした」と私に言った。そんなことはどうでもいい。しかし、そのおかげで、今、保育者の養成校が次々に潰れている。
当時、衆議院の「税と社会保障一体化特別委員会」で、この女性教授と、当時の横浜の女性市長、そして、私が、「口述人」をした時の映像が衆議院のホームページに残っています。
その保育学者と、企業戦士上がりの市長と、現場の「思い」は、子どもたちの「願い」と、乖離していた。
そこから、11時間保育を「標準」とする、国による「児童虐待」にも似た仕組みが、制度化されて行ったのです。
当時、社会保障制度改革国民会議委員だったこの教授が、新システムの説明として「保育の友」で、こう発言している。
「これまで親が第一義的責任を担い、それが果たせないときに社会(保育所)が代わりにと考えられてきましたが、その順番を変えたのです」。
これが、新制度の出発点にある。
この考え方が存在する限り、どんな妥協点もありえない。私は、闘うしかない。
「ママがいい!」、ぜひ、読んでみてください。その頃の道筋、成り行きが、おばあちゃん園長と、音楽家の視点から、書いてあります。
#一日保育体験 #子育て #母子分離 #松居和 #ママがいい #こども家庭庁 #不登校 #教師不足 #愛着障害 #誰でも通園制度 #無償化 #幼保一体化







今日、日本の23日、カリフォルニアの22日は、一緒に音楽を沢山作ったジェームズ・ホーナーの命日です。
もう、十一年になります。
ウィローやコマンドからはじまり、レジェンドオブフォール、マスクオブゾロ、ジュマンジ、ゴールデンチャイルド、など、30本くらいやったのかな。(タイタニックは吹いてませんが。)
ロンドンシンフォニーとの録音も、4本ありました。
イアン・アンダーウッドや、ディーン・パークスと、ロサンゼルス組は、一緒に、1ヶ月のロンドン滞在、アビーロードスタジオや、エアスタジオに通いました。
音楽は、不思議にに生き続けるもの。
ジェームスとの思い出は、魂の次元で、いつまでも鳴っている。存在している。
自分たちの作った音楽に感動して、最終ミックスの時、ジェームスが、スタジオで涙していたことがありました。
そんなやつだから、余計、共に旅した感じがするのです。
ジェームズとのことを、チャンネルに、少し詳しく書いたことがあります。
ぜひ、ご覧になって、ください。
松居和チャンネル 第17回
テーマ:神話の再生と音楽
~日本のアニメが、海外へも「神話」を伝える~
#ジェームズ・ホーナー #尺八奏者松居和 #レジェンドオブフォール、マスクオブゾロ
(ショート動画を配信しました。)
幼稚園、保育園を「親心」のビオトープにしてほしい!
遠足は、父親同伴、と決めている保育園があった。
「利害関係のない友達ができたのは、久しぶりです」と、父親も楽しそう。
「お父さん同士が、知り合いかもしれない」、という子どもたちの「意識」が、将来学校でのいじめや、不登校を減らすのです。
子どもたちが育っていく「環境」は、親たちの「絆」なのです。
https://youtube.com/shorts/GE6zac4xpiY




第45回ショート
https://youtube.com/shorts/m_m4iVq1IO8
「子育て」の役割は、社会の最小単位である「夫婦」が、お互いの「いい人間性」を眺めあう、感じあうこと。宇宙は、我々人間に「自信を持って」0歳児を与えている。われわれを信じている。
夫婦が、それを信じるために、「一人では生きられない」012歳児がいる。
#夫婦で子育て #親心を耕す #子育てはかすがい #松居和 #ママがいい
#保育体験 #父親の保育体験




今週の松居和チャンネルは、ショート動画にしました。(来週にかけて、もう3本アップします。)
「子どもを育てる」ことが、人間同士の「絆」ではなく、「権利」とか、「サービス」という言葉に振り回され、「仕組み」上のやりとりになってきている。
母親から、「子育て」を取り上げ、政府が母子分離を国策とすることによって、社会から、「安心」や「常識」、「礼儀」が薄れていく。
すると、義務教育が破綻し始める。義務教育は、親が親らしい、という前提(礼儀)のもとに作られていたのです。そして、親を育てるのは、幼児たち。
東京都の小池知事が、より長く、安易に、誰でも「気楽に」、タダで、子どもを「知らない人に」預けられるようにすることを、「チルドレンファースト」と記者会見で言う。その無知さ、浅はかさ、無責任さに、マスコミが反応しないのです。その無感覚が、保育士や教師の不足を決定的にし、社会全体のモラルや秩序を蝕んでいくのです。
せめて、チルドレンラスト、と言え。
そうしたマスコミや保育学者の無見識に、ネット上で、保育士たちの不満が爆発している。親たちも、それを現実として、よく聴いておいた方がいい。そこへ長時間預けるのであれば、それが子どもたちにとっての「環境」なのだと自覚してほしい。
保育士たちの「心配」は、親に対する、不平不満になっている。
「ひどい親は、役場がなんとかしろ」と園長が憤る。
時間を守らない、「保育園のルールに従わない親子は、退園にしてもいい」としてくれないと、保育園は、成り立たない。そんな発言が、ネットに溢れているのです。
しかし、問題は、すでに、そう単純ではない。
小学校入学時に2、3割と言われるグレーゾーンの子どもたちは、成長し、消滅していくわけではない。
親になり、子どもを産み、存在している。
グレーゾーンの親たち、コミュニケーション障害の親たちは、普通に注意しても、理解しないし、治らない。子育てを、他人に依存する傾向だけが、ますます増えていく。
もちろん、保育士、教師たちにも、グレーゾーンの人が増えている。タイミーや無資格者を雇わないと、成り立たない環境は、すでに日常になっている。
母子分離を選択をする親には、一家の人生を左右する「責任」が生じていることを自覚してほしい。
この不自然な選択には、覚悟がいるのです。
それを、義務教育の中で、しっかり教えていかないと、「子育て」崩壊の流れは止まらない。その方法については、「ママがいい!」に書きました。小学校5、6年生からの「保育士体験」が、子どもたちの魂を目覚めさせる。
保育科で教える人たちは、幼児の願いと、学生たちの意識の向いている先を、感じ取ってほしい。まだ、遅くはない。「ママがいい!」を保育科のテキストとして使い始めた大学がある。それを読んだ学生たちが、心を揺さぶられている。
自分自身の魂を、見極めようとしている。
https://youtube.com/shorts/4bzctlZj1L0
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松居和チャンネル 第119回は
(テーマ) 家族、部族の問題を法制化していく「罠」
副題は: 争点が「闘い」にずれ、子育ての「本質」を見失っていく。
にしました。

子どもを生んだ「夫婦」という人間社会の最小単位が、「教育」という形につながる政府の母子分離施策を、習慣として、受け入れようとしている。
それに伴う「法整備」によって、社会全体に、不信感が「宣言」されていく。全世界に「不信感」が行き渡っていく。
自治体で、0歳児保育の無償化が進められています。
これをやったら、義務教育は破綻する。もうその兆候は、はっきり現れている。
行政の「もう、保育士もいないし、無理」という抗議を無視し、首長、政治家たちの、税金を使った「ごっこ遊び」が続く。
無償化によって、親たちの「子育て」に対する「意識」が変わっていく。それを放置して、「主体性」とか「協調性」、「自己肯定感」などと、「愛着を犠牲にされた」幼児の集団を相手に、できるはずのないことを言い続ける保育学者たちの誤魔化しは、11時間保育を「標準」とした時点で、その実態を失っている。
「新しい命」を二人で誕生させるという、人間の創造性の一番美しく、頼もしい、関係が、「子育て」という段階に進んだ時に、「法律」や「仕組み」に託さないと維持できない、そんな「洗脳」を受けて、「0歳児を預けることに、まったく躊躇しない親たち」が、急増している。
「0歳児保育の無償化」や「共同親権」の法整備は、「可愛がる」というい心持ちでは、人類は和解できない、調和できないことを、認めること、宣言すること。
その根底に、012歳の母子分離、という巨大な「罠」がある。
「一票の格差」などと言って、いかにも論議しているように見えても、幼児たちの願いを大切にする「候補者」、「子育て」の意味をを理解する人が「立候補」しない限り、民主主義は機能しない。
政策としての「012歳の母子分離」は、やめる。
パートで繋ぐ「保育」は許さない。
幼稚園という形を、半数以上の親たちが選べるように、仕組みを、「子ども優先」に戻す。
このくらいの決意を持った「立候補者」たちを、政党は、探してほしい。
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