松居和チャンネル、第56回は、「作曲家モーリス・ジャールとD-day」という不思議なタイトル。
副題が「ある日のスタジオで、交錯する、人種、祈り」
私は、尺八奏者で、ハリウッドの映画音楽で五十本ぐらい演奏し、いまだに出ているアルバムもあります。アメリカという、人種のるつぼ、多様性の国で、人間が、必死に心を合わせようとする。そこで、「音楽」という手法で、絆を作ってきました。面白かった。
最初に、私を、映画音楽に使ったのは、モーリス・ジャールというフランスの作曲家。「ドクトルジバゴ」「アラビアのロレンス」「インドへの道」など、素晴らしいサウンドトラックを書いている人が、「ショウグン」というテレビシリーズで私を使ったのです。45年前です。
ガムランについて、話した(第42回 「ガムラン音楽。様々な秘密や謎が見えてくる」)あの大学のガムランの練習室に、モーリスが、尺八奏者を探しにきて、私のハリウッド人生が始まりました。人種や宗教、ルーツが入り組んだ、「アメリカ体験」が、そこから一気に広がっていったのです。
観光や、留学、ビジネスでは知り得ない、この国の、深い現実が見えてきた。そのことを、書いた文章があります。
ある日のセッションでこんな出来事が起こった。
「モーリスは、しばらく考えていた。
ややあって、自ら静まったオーケストラを見回すと、フランス訛りの英語で話し始めた。
『今日は、Dデイ(D-day)です』
思いがけない言葉だった。音楽家たちの気配が集中する。
『三十七年前の今日、私はドイツ軍から逃れ、地下に潜んでいました。十九歳でした。占領下、フランスでは十四歳以上の男子は、見つかれば強制労働に連行されたのです』
指揮者はそう言って、演奏家たちを見渡した。
『隠れ家に仲間といて、ラジオに耳をそばだたせて、連合軍のノルマンディー上陸を知ったときは、嬉しかった……』
噛みしめるように、そう言って、作曲家は演奏家たちに要望を一つした。」
(どんな要望だったかは、ぜひ、チャンネルを見て下さい。)
人生には、不思議な次元が交錯し、それぞれの役割が浮き彫りになることがある。
歴史を超え、国境を越え、パズルが組まれるかのように、その時は、突然やってくる。
「生きている」、「生かされている」という実感が湧き上がる。
ロサンゼルスの、一流のオーケストラの中には、ドイツからの移民や、ユダヤ人がいる。マンザナの日系人強制収容所を体験したチェリストがいる。そういう街です。
Dデイに、海岸線に引かれた「一線」が、まだ存在している。
ガムランの回に、「自分の中で『社会』の定義が変化した」と言った学生のことを書きました。
楽器群がインドネシアから運ばれ、地下室にあることを想像しなかった学生が、偶然、この「手法」と現象(phenomenon)に加わり、知らなかった自分を体験する。それを使いこなせるような気がする。
授業で、闘う手段を教わり、密かに自信を持ち始めていた彼らの意欲が、ガムランの「流れ」の中で、鎮まっていく。
この「道筋と手法」を知れば、孤独とは無縁の人生が開ける。人類は、その手法を、すでに与えられている。(この辺り、乳幼児を育てることと、似ています。)
モーリスとの話の冒頭に、マリブの小波に浮いているサーファーたちの姿が出てきます。
まるで、氷河期を生き残った、小さな哺乳類たちのように、この人たちの「目的」が、人類の生存に関わっている気がする。
それは、「砂場で遊んでいる園児たちのように」、私たちの未来を救おうとしている。