「発達」という言葉は、海に捨てちゃえ!

松居和チャンネル第59回は、一人の、正直な「学者」さんの話、です。

副題は、「発達」という言葉は、海に捨てちゃえ!、で、少し過激ですが、こんな報道があって、怒り心頭の「副題」です。

『1歳未満から保育施設に通う子は、3歳まで通ったことのない子に比べて3歳時点での発達遅れの割合が少なかったとの研究結果を、東北大などのチームが14日までに英科学誌に発表した。日本では共働き世帯が増える一方、3歳まで母親が家庭で育てないと成長に悪影響があるとする「3歳児神話」が根強い。チームは「発達に悪影響はないので安心して預けてほしい」としている。』

「学問」が、「発達」という物差しを「子育て」に持ち込んだのです。

「子育て」は、子どもを可愛がること、が第一の目的で、「何かができるようになる」競争ではない。

親たちが、優しく、忍耐強くなる。その資質が自分の中にあることを「確認する」。それが、満ち足りた人生につながってゆく。多くの人が、その道筋を辿れば、人間社会は、まあ大丈夫、そんな感じのものなのです。

それを壊す母子分離政策を、「11時間保育を標準とする」と閣議決定し、パートで繋いで構わないと規制緩和し、さらに国立大学が、発達に悪影響はないから、三歳未満児を「安心して預けてほしい」と、親たちに薦めるのです。現在の保育士不足と、質の低下を考えれば、常軌を逸している。

(2012年6月12日 に衆議院の特別委員会で私が口述人をしている映像が、衆議院ビデオライブラリーにあります。当時の横浜市長や大日向教授の発言と、比べて下さい。現在の保育崩壊、税収を増やすための社会保障の出発点が、そこにあります。)

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(新聞に、いい投書があったのを引用しました)

ずっと保育科で教えていた男性が、退任して保育園の園長になり、「ママがいい!」という子どもたちの忍び泣きを聴き、どうしても、『頑張れ!』より、『かわいそうに』を口にしてしまう。という投書でした。

SNSに揚げると、一人の保育士からこんな返事がありました。

『これが本当に現実です。

保育園で、子どもが一番に覚えるのは『諦める』こと。なかなか諦めることができない子どもは、ずっとずっと泣き続ける。

どうしても『可哀想』と思ってしまう。だから保育園を辞めました。

(もう一つ、保育士から)

「正直、可哀想すぎて胸がつぶれます。

虐待のお手伝いをするために国家資格を取ったわけじゃないのにな。

預けなくて済む、ありったけを考えてやれよ。」

その反対側に、冒頭の、

「日本では共働き世帯が増える一方、3歳まで母親が家庭で育てないと成長に悪影響があるとする『3歳児神話』が根強い。発達に悪影響はないので、安心して預けてほしい」、(東北大学チーム)とぃう報道がある。この二つが、まったく響き合っていないのです。(現場と、学問が乖離している。)

「三歳児神話」は、人類のグローバルスタンダードだったことも説明しました。それが根強いから、日本は、実の父親が家庭にいる確率が欧米に比べ奇跡的に高く、犯罪率も異常に低い。その環境、伝統、そして「安心して預けられる仕組み」を規制緩和で壊そうとしたのは、国の母子分離施策です。それに加担する道筋を国立大学で、これから親になる学生に教えるな、ということ。

子どもの人権、そして「ママがいい!」という「願い」が無視され、発達を促すのが「保育」だと思っている学者が、まだ結構いるのです。保育の「質」が、その日の担当保育士の当たり外れに過ぎない、と知っているはずなのに。