インドへシスター・チャンドラを訪ねて(その3)

  グジャラート州のアーメダバードはマハトマ・ガンジーの生まれた地。JayaTVのニュース出演は移動中で見れなかったのですが、日本でネットで見た教え子が結構演奏してましたよ、とメールをくれました。もうすぐシスターたちも33時間かけて列車で着きます。明日は不可触民の人々一万人と大行進みたいです。

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 学校教育はITピープルを育てる。敏感な親は価値観の崩壊を恐れています。150年かけてアメリカで起こったこと、私が学校や福祉と家庭の共存は少なくとも欧米ではできなかった、だから日本は何とか別の道を、と言い続けてきたことが、ここ15年位で一気に起こっている感じです。しかも次元と速度がバラバラに。

 競う、の反対側にあるのが、祝う、かもしれない。陰陽の法則のように両方とも一人では出来ない。インドの風景の中には、ITというバーチャルリアリティーと共存して、ヒンズー教という強烈なバーチャルリアリティーが昔からあって落とし所を争っている。バーチャルが理性と重なると恐ろしいが、非論理性があれば大丈夫なのかもしれない。

 シャクティセンターで過ごした最後の日に、4年前来日した時のリーダーだったエスターが一時間半バスを乗り継いで私を訪ねてくれました。来日した時、インタビューに答えて、良くない夫に当たったら「良くするのよ」と、十九才で言い放った彼女、良い夫に当たったみたいで少し貫禄もついて元気そう。可愛い姪っ子を連れて訪ねてくれました。シャクティの卒業生は良い夫に当たる、とシスターが言っていました。

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 結婚二年で子どもが出来ないエスター、結構みな心配しています。結婚=子づくりという意識が村では強いのです。当たり前と言えば当たり前。だから日本では結婚しない男が増えるのでしょう。シェアハウスで充分?淋しくなければそれでいい。それは、自然の流れかもしれません。さとり世代、結構好きな言葉です。昔我々がニューエージと呼んでいたのはこの人たちのことかもしれません。

 「自分でで育てられなくても社会が子育てをすればいい、未婚の母を増やせば少子化は解決する。欧米では、」そこまで言い切る経済学者や社会学者がいるのです。自分で育てられないのなら生まない、この感覚の方が日本的で本来の人間性に合っていると思います。国の経済活性化のために人生を送っているわけではないし、崩壊家庭を増やしても本当に経済が良くなるとは思えない。

 誠実に乳幼児に向き合うことで、人間は育つ。幼児の愛は束縛のように見えるかも知れないが、あなた自身であれ、という愛。幼児に愛される。これが人が体験しうる一番純粋な愛かも知れない。駆け引きのないこの愛を多くの人間が体験することがひとつになるために必要。そして一人では祝えない。親の決断でその時間の意味が決まる。

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 マハトマ・ガンジーの初期のアシュラムが記念館になっていました。いくつか掲げられていたガンジーの言葉の中に、「愛の法則を、人間は幼児から学び、理解する」と書いてありました。ガンジーのサッティアグラハは、幼児が人間からいい人間性をひき出す法則が元になっているのでは、と薄々感づいてはいたのですが、やはりそうなのでした。

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 アンベドカルの生誕祭、気温40℃、一万人の行進にシャクティの太鼓が拠点で加わる。小学生はトラックの荷台から叫んでいる。「キリスト・回教徒の不可触民にもScheduled Cast Statusを」の旗が見えます。大学、教職、公務員などに法律で定められているダリット枠に入れろということ。出生届に入るカースト名で守る権利しかない。小学校入学時にまだ全員がカーストを教師に申告する。ーストによる不利益を、福祉や権利によって是正しようとする仕組みが、カーストを存続させている。では、どうすればいいのか。アンベドカルが憲法を書いて70年が経つ炎天下、それでもシャクティの娘たちは太鼓を叩いて胸を張って歩き続ける。私も、シスター・フェルシーに頼まれた写真を撮りながら必死についてゆく。

 行進したあと集会所で、アンベドカル派のリーダーにつかまる。怒りと我慢が限界に達し、イライラを一人の外国人にぶつけてくる。ダリットと回教徒でインドから分離すればいいんだ、でも纏まらないんだ自分たちが、と吐き捨てる目がギラギラしている。見かねて、友人の神父がうまく連れ出してくれる。

 砂漠の部族の子どもたちの教育をミッションにしているイエズス会の神父。ダリット出身というだけで家に招かれても、一人ガラスのコップでお茶を出される。家族や上位カーストの客は金属のコップ。周知の上で、そんなことが神父に行われる。Untouchabilityを憲法で否定して65年経っている。

 砂漠に水を撒くような、何も価値がない努力のように思えても、シスターは踊り手たちと歩き続ける。

 次の日の晩、三日月の下、グジャラート法科大学の巨大な憲法記念碑の前でシャクティが踊った。観客はほとんど居ないのに、記念碑に音を響かせて、踊った。この踊りは、永遠に記憶に残りそう。美しかった。私も一緒に演奏した。

 月と憲法とダリットの踊り。そこに美しさがあることが人類の救いで、どれが欠けても駄目なのだと感じた。

http://www.youtube.com/watch?v=pk87XBndaLY

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