竹中平蔵/スプーンの速さ/慣らし保育

竹中平蔵氏がNHKのニュースで、日本人は「自由競争がいい」という人が49%しかいない、欧米はずっと高く中国は8割です、と嘆いていたのです。自由競争がいい、という信念から経済を見ているのでそうなるわけですが、彼の、日本は欧米を見習うべきという姿勢が、私には理解できない。戦後これだけ独特な仕組みの中で経済成長を続け、欧米がこの不思議な国を賞賛し見習おうとしていた時代が長かった過去を、どのように評価しているのか。現在でも、欧米が経済的に日本より良いとは思えません。EUは危ない状況ですし、中国にいたっては、あまりにも不自由だから自由競争に憧れているだけでしょう。

自由と競争の対極にあるのが、結婚、出産、親子、子育て。

本来、そのためにあるのが経済だと私は考えます。どうも,話が最近本末転倒になってきています。経済を良くするために、本来人間の意欲や生き甲斐の元になっていたものを失おうとしている。

竹中平蔵氏は同番組で、既得権を守ろうとするから自由競争が妨げられると批判していました。

親子関係は大自然における重要な既得権。

結婚は既得権を守る宣言のようなもの。欧米で3割から6割の子どもが未婚の母から生まれ、親子、結婚、ともに存在理由が希薄になっている。そして、競争に無縁の乳幼児が黙って既得権を失ってゆくのです。哺乳類として数億年持っていた既得権を、自由競争、市場原理を助けるために。

 

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保育の質は、乳幼児に給食を食べさせる時の、保育士のスプーンを口に運ぶスピードにあると思うのです。時間内に全員を終わらせようとすれば、幼児の求める速さを越える。それに慣れると、やがてオムツを替える間、話しかけなくなる。

そうした風景が、人間たちから生きる力を奪ってゆく。それが自由競争・市場原理の一番の恐ろしさかもしれない。

介護福祉士が老人の口にスプーンを運ぶ速度が、幼児に対するそれ以上に人間を苦しめる。老人にはもう未来を変えるチャンスがないから。自由競争の中で介護が仕事化すればするほど、親身な人間たちが現場を去ってゆく。心ある学生たちが、実習を体験して進路を変えてゆく。社会を優しく育てる風景に必要な彼らは、たぶん二度と戻っては来ない

自由競争の対極に「心のこもったお弁当」があり、「一日保育士体験」がある。(お弁当に心を込めるのは神との対話。一日保育士体験は神々との交流。)

「子どもが喜びますよ、子どもが喜びますよ」一日保育士体験を進めるために、親に、保育士がその言葉を繰り返すことで、保育士と親の心が一つにすなってくる。損得勘定が薄れ、心を一つにするために生まれてきたのだ、心を一つにするために、みんな違っている、と気づく。(するといつかスプーンの速さが遅くなる。保育園だけでなく介護施設や乳児院でも。)

子育てで、親がスプーンのスピードを速くしても、子どもは親を愛し続け、許し続け、いつか救ってくれるでしょう。(時間がある。素晴らしく選択肢がないし、既得権は守られている。)1人で6人の子どもを相手にする保育士がスピードを速めると、子どもはそれを許し、救う時間さえ与えられないまま、やがて担当は変わってしまう。子どもたちの心が行き場を失う。天命が果たせなくなる

 

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(子どもが園に慣れるよう、徐々に預ける時間を長くしていく「慣らし保育」)

先日、2代目若手男性園長が私に言いました。彼は、家で保育の風景を見ながら成長したのです。

「中学生の頃、慣らし保育で、『ママがいいー、ママがいいー』と泣き叫ぶ子どもたちを毎年見ていて、こんなことを人間がして良いはずがない。絶対保育の仕事には就くまいと思いました」と。中学生はまだ感性の人たちです。してはいけない妥協を本能的に知っています。

「一週間の慣らし保育で泣き叫ぶ幼児の映像をまとめて編集し、政治家に見せれば、保育はサービスだ、親のニーズに応えよ、などと安易に言わなくなるのではないでしょうか」とある園長が言っていました。

慣らし保育。何に慣れるのか。「ママがいいー、ママがいいー」という叫びに慣れるのか、慣れて言わなくなることに慣れるのか。

0歳から預ければ「ママがいいー」という言葉さえ存在しなくなる。一つ一つ消えてゆく。それに慣れようとしている社会がある。それに慣れた世代が、いつか「家がいいー、家族がいいー」と叫ぶのでしょうか。

慣らし保育で「ママがいいー、ママがいいー」と叫ばれた母親は、自分がいい親だったから叫ばれたことを憶えていてほしい。

そして、その時流した涙は、人生で一番美しい涙だったかもしれない。毎日、子どもを保育園に置いてくるたびに心の中で涙してほしい。保育士たちはそう願っています。

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