「ママがいい!」と言えない乳児たちのために

(「ママがいい!」より、引用)

以下は、東京西部で代々保育園を営む理事長の言葉である。

「本年度の入園説明会が終了した。0歳児保育を希望する人が三十四名もいた。そこで、0歳から六歳までの発達の特徴と、〇、一、二歳児における母子関係の大切さを説明した。世の中には0歳児から預けようとする風潮が広がっているけれど、それは間違いですと伝え、なぜ育休を取らないのか? と訴えた。説明会終了時、拍手が起きたのには驚いた。夫婦が寄ってきて『説明会を聞いて本当に良かった!』と感謝された。その目には、自分で育てようとする意思がはっきりと見て取れた」(共励保育園・こども園の長田安司理事長のツイートから)

きちんと説明すれば、親は理解する。この国の素晴らしさであり、土壌だと思う。

「保育所に入りたい待機乳児」はいない。〇、一、二歳児は、母親と一緒にいたい。その願いにすべて応えることはできないのだが、政府が意図的にその意に反する政策を進めていけばどうなるのか。すでにその答えは出ている。大人たちの都合で仕組みや制度の整備が進めば、弱者の存在感は薄れ、保育の先にある様々な仕組みが順番に破綻し始める。その結果、貧困に追いやられ、孤立する弱者が増えていく。

(引用ここまで)

多くの人が知らされていない。

説明すれば、拍手が起きる大事なことを知らされていないのです。しかし、知らせようとする保育園の理事長もまだいる。

「なんとなく、流れで」と、政府や経済界がつくった誘導にしたがって0歳から預けてしまう人たちがいる限り、「ママがいい!」と言えない乳児たちのために説明しなければいけない。

なぜ、それを義務教育でやらないのか、とつくづく思うのです。中学校の家庭科の授業が、市場原理に呑み込まれている。性的役割分担を否定するようなことを教える。

「女性の活躍」という言葉、「一億総活躍」もそうでした。その裏に、母親の役割を「活躍」から外そうとする意図がある。母子分離で経済競争を促す。人類史上最も愚かな試みです。

「平等」など、実は、誰も信じていない。真剣に平等を言うなら、子どもたちの「願い」が優先されるはず。

 

本当に保育が必要な時間だけ預かっているのであれば、保育士は足りています。不平や不満を広めて、競争原理に駆り立てようとする、「欲の資本主義」の企てが、保育、そして学校という仕組みを追い詰めています。いい加減にしないと、戻れなくなる。

三十年前、私を鍛えた園長たちは、祖母の心で保育をしていました。

「病気の時くらいは、側にいてあげなさい」、「そんなに長く預けたら可哀想でしょう」そうはっきりと言った。

そうした親身な人が傍にいてくれることが、母親たちを救ったのです。自分を頼り、信じている子どもの姿が親たちに気づかせたのです。いつでも許し、愛してくれる小さな人たちがいることが、一番幸せなのだと。

「保育は成長産業」という閣議決定で、政府は母性という、この国の文化の心髄を家庭からも保育からも失わせようとしています。子育てを「負担」と宣伝する政府の「罠」に親たちが気づくように、「ママがいい!」ぜひ、読んで、広めてほしいのです。図書館で順番待ちになっているそうです。この国には、利他の心で社会を創る、運命としての道がある。

(ブログ:http://kazu-matsui.jp/diary2/ に、タイトルをつけて、原稿を載せてあります。いま、意識が変わり始めている。

講演依頼は、matsuikazu6@gmail.comまでどうぞ。「ママがいい!」を読んでの小さな勉強会であれば、ボランティアでも行きます。

幼稚園や保育園で、出来ることがたくさんあります。子どもにとって、親を信じることは、人生の流れを決めていく指針なのです。「愛されている、そう思う子どもに育ってほしい」。親たちの、その願いが、社会を整えます。)