シャクティ2009日本公演

今日は、タミルナードのシャクティセンターでお祭りです。招待を受けていた私は、日本で来日公演の準備をしています。

来月、打ち合わせにインドまで行きます。早くシャクティのエネルギーに触れたいと思います。
昨日は8月15日、終戦記念日でした。シャクティ公演が10月31日に行われる東京ウィメンズプラザでディジュリドゥー奏者のKnob君主催の地球交響曲第六番(ガイアシンフォニー)の公演があり、裏方で一日手伝ってきました。Knob君を囲む仲間たちは、一緒にいてホッとします。打ち上げでは少し龍村監督とも話をしました。もう第七番を撮り終わって、これから編集だそうです。
ガイアはすごい映画です。世界中の人に見て欲しい、地球からのメッセージです。私は個人的には第四番が好きです。チンパンジーの研究家ジェーン・グッデルが出ています。どちらかと言えばガイアの中では地味かもしれませんが、私は好きです。

最新のガイア第六番は「音」「音楽」がテーマです。Knob君が三原山でディジュを吹く映像が出てきます。
映画の最初に出てくるのがシタール奏者のラビ・シャンカール。ビートルズのジョージ・ハリソンの師匠として有名なインド音楽の巨匠です。もう89歳。伝説上のロックコンサート、ウッドストックにも出たひとです。ガイアに出て来るアニシカや、歌手のノラ・ジョーンズのお父さん。実は、ジョージ・ハリソンプロデュースのラビ・シャンカールのアルバムで私は尺八を吹いています。
もう25年くらい前のことですが、彼と3回コンサートをやって共演しました。最初はタブラがラビジの盟友アララカ、2度目はアララカの息子、ザキル・フセインでした。ザキルは、ジョン・マクラフリンが主催していたグループシャクティ(Shakti)のメンバーで、映画「ジェーコブズ・ラダー」のサウンドトラックでも共演しました。驚異的なタブラ奏者です。その時のバイオリンがL.シャンカル。懐かしい、昔の、想い出です。
私は、ザキルがまだ20歳くらいの時、ニューデリーでサロッドのアムジャダリ・カーンと共演するのを見ました。その時すでに「わーっ」と思いました。あれから、もう35年になります。

先月出版された私の六冊目の本「なぜわたしたちは0歳児を授かるか」を読んだ方から、シャクティのDVDを観ると、本で私が言おうとしていることが実感できます。踊り手たちと共にいるような、不思議な温かみをおぼえました、とお手紙をいただきました。

すべてが、つながっています。
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これは、その本からの抜粋です。ちょっと、このブログと重なっていますね。



インドの野良犬

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 インドという国が私の思考の原点にあって、二〇歳のときに一年余り過ごした体験が親心や保育の問題を考えるとき、蘇ってきます。

 子どもを預かる「保育」は「子育て」です。他人が国家的な仕組みの中で他人の子どもを育てる、という人類が経験したことのない「新しい子育て」の形です。だからこそインドの風景を思い出し、当たり前のように先進国社会が受け入れている学校や幼稚園・保育園を、人間が何千年もやってきた子育ての風景に照らしあわせます。

 去年インドのダリット(不可触民)の女性の地位向上と人権問題で、仕組みと闘う修道女のドキュメンタリー映画を四年がかりで完成させました。「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」といいます。

 南インドのタミルナード州で、ダリットの少女たちを集め、裁縫や読み書き、権利意識について教えているカソリックの修道女が、彼女たちにダンスを教え、カーストや女性差別反対のための公演をしている。それが素晴らしいという友人の話に引き寄せられ、三〇年ぶりに私は懐かしいインドへ戻って行きました。

 インドはやはりインドでした。空気中に漂う先進国が失ってしまった「何か」、言葉では表わしにくいのですが、私はその「何か」を感じると、少し落ち着きます。大地や時間との一体感、人間の意識が時空を超えることができるという感触、大きなものに包まれている感じです。ヒンドゥー教の影響でしょうか。インドはとてもバーチャル(仮想)な世界です。仮想現実が人々の生活に生きています。そして人々をつなげています。

 インドへ戻った最初の夜、電気を消して眠りに入ろうとすると、窓の外で野良犬が吠えているのが聞こえました。

 その瞬間、私はさっき考えていた「何か」を見た気がしました。インドの野良犬は飼い主のいないれっきとした野良犬。痩せて皮膚病や咬み傷のあとがあって、ぶらぶらと人々の日常の隙間で暮らしています。人間の意志とは関係ないところで生きているようです。犬には犬の次元があって、人間の営みの間を縫うような動きです。吠える声から連想したのは、闇の中を動き回る彼らの自由でした。小走りに走る足音。それが、私のいる空間にもう一つ別の次元を加えるのです。思いどおりにならない次元を……。先進国に住んでいると忘れている現実が五感に甦ってくるのは、私がまだ太古の記憶をDNAの中に持っているからでしょうか。

 ダリットの少女たちのダンスの美しさ、強さ、潔さに魅了されテープを回し、話を聞き、カースト制がいかに人々を抑圧差別しているかを教わりました。最下層の娘と結婚しようとした男が兄弟に殺されるような事件がいまだに起こります。カースト内の人に出すコップでダリットにお茶を出したお茶屋さんが、焼き討ちにあったりします。

 しかし、私が出会ったダンサーたちは美しかった。「ダンスの素晴らしさ」から「カーストの問題」へとテーマがシフトしかけていた私の気持ちは、踊り手たちと親しくなるにつれ、「絆」の方に向いていきました。少女たちの村に招待されてその世界に入って行くことによって、再度「人間の美しさ……」に引き寄せられました。

 先進国社会において、大自然の作った秩序と人間の作った秩序が闘っています。本来次元の異なる、住み分けや交流ができるはずのものが闘い始めている。それが伝わる映像を目指しました。

 踊り手の一人モルゲスワリの村で、彼女の両親にインタビューしました。自分たちがヒンドゥー教徒であることも、アメリカや日本という国が地球上にあることも知らない二人でした。両親は季節労働者で、モルゲスワリの妹が紡績工場で働く一八〇円の日当が一家の生活を支えていました。

 「夢はなんですか?」とインタビューの最後に聞いてみました。

 「子どもたちが結婚して家庭を持つこと」とお母さんが答えました。

 モルゲスワリと妹に、「あなたたちが結婚することで働き手がいなくなります。ダウリ(持参金)が必要になり、両親が一生かかっても返せない借金を背負うと知っていて、結婚を躊躇しませんか?」と聞いてみました。二人は笑って「しません」と答えました。「それを両親が望んでいるのですから」。

 親が子どもの幸せを願い、子どもが親の望みをかなえようとする、人間社会の幸福感の基本は、踊り手たちの風景の中で確かに受け継がれていました。女性によって受け継がれていました。そして、映像に映し出されてくる彼女たちの顔は、不幸そうではありませんでした。

 シスター・チャンドラは「幸せとは?」という私の質問に、「集まること」と答えました。 そして、最後のインタビューで、村人の美しさは「わかちあうことからきている。私はそこに神を見る」と言いました。私は日本でこの二つの言葉を繰り返します。「集まること」そして「わかちあうこと」。人間の進むべき道があるのだとしたら、この二つの言葉を幸せのものさしにして進まなければいけない、と思うのです。

 一人で撮って初めて編集した「シスター・チャンドラとシャクティの踊り手たち」は、春に第四一回ヒューストン国際映画祭の長編ドキュメンタリー部門で金賞を受賞しました。宗教や制度を越えた普遍的なテーマを、審査員の方々が感じ取ってくれたのだと思います。宗教間の違いを乗り越え理解を深めるという主旨で行われる、イタリアの国際宗教映画祭の招待作品にもなりました。映像でなければ伝わらない風景、顔。音楽でなければ伝わらない次元。祈りの世界には言葉では表せない部分がたくさんあります。出会いと絆を創造するために、この映像があってほしい、と思います。

 この映画のDVDを、私が委員をしている埼玉県の教育局の人たちに見てもらいました。すると、いままで私が委員会でしてきた発言に、不思議な実感が伴うらしいのです。インドの野良犬が私に伝える「何か」が、映像や音楽を通して、教育局の人たちにも伝わるのかもしれません。

 映像の中にシャクティセンターに向かう村の子どもたちの姿がでてきます

 「ああ、こういう子どもたちに教えることが出来たら幸せだろうな」と誰にも思わせる学校の原点が子どもたちの表情の中にあります。教える事で先生たちが幸せを感じる、教える側の幸福感を基盤に、本来、伝承は成り立っていくのです。子どもたちが、教え手を育てる、それが親子関係の本質ですから。シャクティセンターに向かうあの子たちのように、明るく、潔く、堂々とした表情が、そして草原を並んで歩く風景が、学校に命を吹き込むのです。

 シャクティセンターで子どもたちを待つ先生たちはあのダンサーたちです。教職の免状もなければ教え方を教わった娘たちでもありません。それなのに、たった8日間のサマーキャンプから生まれる「美」。家族、村、そしてシャクティセンターを包み込む人間たちの「信頼関係」が、たった8日間のサマーキャンプに、「真の学校」を映し出すのだと思います。

 そして、不思議なのは、シャクティセンターのサマーキャンプは、読み書きや人権の真ん中に「踊ること」があるのです。教えることの中心に「和」があるのです。

 日本の学校も、一日一時間必ずみんなで輪になって踊る。そんな方向に教育改革が出来たら、きっと日本は、昔のように絆で結ばれた美しい社会に戻るのだと思います。

 決して不可能なことではないのです。そういう視点を取り戻せないほどに、感性が鈍ってしまっているだけです。人間がシステムを作っているうちに、いつの間にか、システムが人間を作るようになってしまったのです。





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